第2話 亡国の危機
「はっ」
暗くなった意識からようやく昭弥は復活して辺りを見回した。
目に入ったのは、心配そうにこちらを見るユリアと、その背後で昭弥を睨み付けるマイヤーだった。
「大丈夫ですか昭弥様」
「あ、はい……大丈夫です」
自分が何をしたのかよく覚えている。なぜ暗転したのかは記憶が無いがマイヤーの拳が握られているので、それで殴られたのだと判断した。
「す、済みません。取り乱して」
昭弥は謝ったが、その目はまだキラキラと輝いていた。
「い、いえ。お気になさらずに。それより昭弥様は鉄道が好きなんですね」
「大好きです!」
力強く昭弥は断言した。
昭弥の特殊な趣味。それは鉄道、いわゆる鉄オタだった。
幼稚園の頃から鉄道が好きで何かあれば、鉄道に乗りに行く。お小遣い、お年玉は鉄道に乗るか鉄道関連の本の購入に使っていた。
部屋の中は鉄道グッズの山で埋もれている。
普段は大人しいが鉄道の話になると、いつ息継ぎするのかと不安になるほどの勢いでずっと喋り続ける。
放課後は勿論、休日は鉄道に乗りに行くか、鉄道関連の本を読み、人に会うことと言えば鉄道研究の会の人に会いに行くときだけだ。
召喚されたときも鉄道博物館からの帰りに、いきなり巻き込まれたのだ。
そのため同級生からは、キモオタと認識され、避けられていた。
「で、どうして鉄道が魔物なのですか」
ただ昭弥は少し不機嫌だった。自分の大好きな鉄道が魔物、悪者扱いされて腹が立ったのだ。剣呑な雰囲気にマイヤーがサーベルを抜こうとするのも気が付かないほどだ。
「わかりました。全てお話しいたします」
ユリアは手でマイヤーを制すと、話し始めた。
「事は十年ほど前に帝国工房での研究から始まりました。馬車により多くの荷を積み、遠くに走らせるという研究です。その過程で鉄の上を鉄輪で走らせる方法が生み出されました」
「はい」
目を爛々に輝かせた昭弥にユリアは頷いた。
「帝国には木製の板の上を馬車で走らせる方法はありましたが、工房は鉄のレールの上を走らせる事を思い立ったのです。そして作ることに成功しました。鉄道によりそれまでの馬車の倍の量を運べるようになったのです」
「そうでしょう」
昭弥は誇らしく頷いた。
鉄道の利点はその効率だ。同じ馬に引かせるにしても、道を走る馬車と鉄道の上を走る馬車では、摩擦が小さいため運べる量が倍以上も違う。
「そして鉄道は瞬く間に帝国中に広がり、発展しました。この王都にも帝国からの鉄道が通るようになりました」
「うんうん」
「しかし、それが我が国に暗雲を持ってきました」
「何故!」
怒髪天を突くように昭弥は叫んだ。
再びマイヤーがサーベルに手を掛けるがユリアが止める。
「どうしてですか」
サーベルの反射光を見て昭弥は落ち着いた声で尋ねた。
「鉄道により、帝国中の物産が容易に運び込まれるようになったのです」
「良い事なのでは」
「いいえ、王国史上これまでに無かったことです」
「どういうことでしょうか?」
昭弥は尋ねた。
「この国の歴史は知っていますか?」
「はい、帝国がアルプス山脈を越えて征服し建国したと聞いています」
「そうです。そのため我が国は非常に特殊な立場に置かれました」
「どうしてです?」
「アルプス山脈の存在です。非常に険しく、通行は困難。特に冬は通行不能になることはしょっちゅうです。そのため、王国は独自に発展して参りました」
「ああ、帝国と結ぶ道路が貧弱なので王国内で自分たちだけで賄ってきたんですか」
「そうです」
「でも帝国との貿易はやっているのでしょう?」
「勿論です。ですがその大半は、装飾品や彫刻など高価な貿易品が殆どでした。輸送の経費が莫大で高価な物で無ければ王国に持ってきても商売が成り立たないからです」
「確かに、安い物を持ってきても利益は少ないですからね」
「ですが鉄道の開通で事情は変わりました。帝国内で作られた安い製品が王国内に入ってくるようになったのです。王国内で生産されていた製品。特に保存食の製造に使う油、塩、酢が大量に入って来ました。そして王国内で作られたそれらの品が売れなくなったのです」
「なるほど」
ここに来て昭弥は事態を理解した。
王国で油や塩、酢を扱ったり作っていた人たちの製品が帝国の安い製品に取って代わり、王国の生産者の収入源が無くなったのだ。
「更に、今度は保存食、ベーコンやソーセージ、塩漬け野菜なども王都に入ってくるようになりました。はじめは安い製品が入って来て喜んでいましたが、これまで王都に売りに来ていた我が王国の農民の製品を買わなくなり、結果農村が疲弊し始めたのです」
「王国の収入も減ったんでしょうね」
「はい……」
悲しげに女王は肯定した。
簡単に言うと、これまで王国に落としていたお金が帝国に落ちるようになっていた。
経済とは金、物、人のやりとりである。それが活発な場所が経済が発展している、あるいは豊かになっているという。
王国はこれまでアルプス山脈に遮られ、ほぼ王国内のみで経済を回し王国内でお金が回っていた。
だが、鉄道の開通で全てが変わった。
王国内のみだった選択肢に帝国全土が加わったのだ。
そして、帝国の商品の方が安いので多くの人が買うようになった。
そのため、王国にお金が落ちなくなる、それどころか帝国に吸い上げられるようになったのだ。このまま行けば王国内からお金が無くなり、貧乏国になるだろう。
「帝国内では既にいくつかの王国、貴族領が破産し直轄領に編入されたりしています。私たちも何とか対策を考えているのですがどうしようもなく。ジャネットが瞬間移動魔法を研究していたのも、鉄道以上に簡単に移動出来れば鉄道を潰せると考えたためです」
「あー」
自分がここにいる理由に鉄道が間接的に関わっていることに昭弥は複雑な気持ちになった。
「我が王国でも商人や農民の困窮が始まっています。ここで何とかしなければ王国は崩壊するでしょう」
ユリアは目を伏せがちに応えた。目元には光る物があった。
「あの」
そんなユリアに昭弥は声を掛けた。
「もしよろしければ、私が何とかしましょうか?」
「昭弥様が?」
「はい、あまり大きな力にはなれないでしょうが、私は少し鉄道に詳しいので」
「ご謙遜を」
本心からユリアは言った。
あれほど目を爛々に輝かせて鉄道を尋ねてくる人間が、少し詳しい訳がない。そこらの賢者が束になってかかっても敵わないくらい膨大な知識を持っているだろう。
だからこそ、ユリアは確信した。
きっと、この異世界からの異邦人が、鉄道好きの男子が王国を救ってくれると。
「それでは、早速鉄道を見てきます」
「今からですか?」
「ええ。善は急げと言いますし」
「しかし、今日はもう午後です。鉄道は明日になさってください。色々と用意も必要でしょうし」
「? そうなんですか?」
「はい」
「では、そうしましょう」
本心ではこのまま飛びだして行きたいのだが、昭弥は言葉に従った。確かに何の用意も無く行っても鉄道を<見る>ことは出来ないだろう。
「それでは、自室に戻って準備をいたします。失礼いたします」
昭弥はそう言うと、ユリアを残して東屋を離れてしまった。
「さて何を用意しようかなっっっっ」
建物に入った瞬間、物陰に引き寄せられた。
叫ぼうにも口は塞がれ、目の前にはサーベルが突きつけられて不可能だった。
「!」
目だけを動かすと、昭弥抑えていたのは親衛隊長のマイヤーだった。
「あまり失礼な事をするなよ異世界人。それがお前の世界では常識かもしれんが、この世界では、この王国では死に値する不敬だ。今度やったら首を刎ねるからな」
美人に凄まれて本当に怖かった。顔の整った人が怒ると怖いと言うが本当だった。
昭弥はただ頷くことしか出来なかった。
「それと鉄道の件は、本当に何とかしろ。ユリア様はこの問題に御心を痛めておられる。出鱈目なことをすればどうなるか解るか?」
昭弥は激しく頷いた。
「私からは以上だ。明日から懸命に働け」
それだけ言い残すと、マイヤーは東屋に戻っていった。
昭弥は腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。
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