第5話 王国鉄道
翌日、昭弥達は別の列車に乗り込み、セント・ベルナルドにもどった。
「さて、ここから王国鉄道が出ていると聞いたんだけど」
「はい、こちらです」
案内されたのは操車場の南側。
帝国側とは二回りほど小さな汽車が待っていた。車両は客車二両のみで、客も少ないようだった。
「一寸狭いね」
「建設費を安く抑えるために小さめの汽車を作ったそうです」
「帝国の鉄道に入れる?」
「いいえ、何でもレールの幅を狭くしたので帝国の鉄道に入れないそうです」
「荷物とかはどうするの?」
「セント・ベルナルドで積み替えます」
「面倒だな」
暫く待っているとようやく汽車が出発した。
利用者が少ないせいか、一杯になるのに時間がかかったようだ。
だが、前方に汽車が居ないためかスピードが出ている。
「結構早く進むね」
一般道とは行かないまでも近所の二車線の道路を進む自動車と同じくらいだろうか。少なくとも人類最速の選手より早いと思う。
だが、そう思っていたのも束の間だった。
突然右に傾いたかと思うと、強い衝撃が昭弥達を襲った。
「何だ?」
と思った瞬間、セバスチャンが昭弥に覆い被さった。客車全体が激しい振動を繰り返しやがて右に横転。そこでようやく止まった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とか」
昭弥はセバスチャンが庇ってくれたお陰で怪我は無かった。
「どうなっているんだ?」
「多分、レールが折れて車両が外れたんだと思います」
「そんな事多いの?」
「はい。王国鉄道はスピードを出せるんですけど、レールが脆いので折れることがよくあるんです」
「帝国鉄道は無いの?」
「いや、帝国鉄道でも起きますけど、あっちは渋滞しやすいのでスピードが遅いんです」
「……なるほど」
昭弥は、少し戻って脱線したであろう部分を見た。確かにレールが破断している。
破断面がぎざぎざで少し錆びていることから、徐々に壊れていったようだ。更に枕木を見て驚いた。
「気が付かなかったけど、これ石じゃ無いか?」
枕木が石で出来ている。いや、この場合は枕石か。
「それがどうしました? 道を作るときは石で作りませんか?」
「そういうことか」
昭弥の世界でも初期の頃は枕木の代わりに石を使って建設していたそうだ。道を鉄道に置き換えただけの世界ならそういう考えでもおかしくは無い。
「幸い、機関車が無事だったようで客車を線路に乗せるだけで問題ないですよ」
「乗せられるの?」
「ええ、車両は軽いので。周辺の農家の方々に手伝って貰えれば何とかなります」
「何とも牧歌的だね」
直ぐに農民が集まってきて外れた客車の復旧作業を手伝った。乗客と農民が協力して梃子を使い、レールの上に戻した。
鉄道のレールも近隣の駅から運ばれて着て直ぐに復旧作業が行われ修復できた。
「では、出発しましょう」
全ての作業が終わると列車主が号令を上げて、乗客が再び客車に乗って行き、全員乗ると何事もなかったかのように、再び列車は走り始めた。
そんな事故があってもその日のうちに昭弥達は目的地コルトゥーナに到着した。
列車が止まると共に昭弥はセバスチャンを連れて下りた。
「ここが終着駅です」
確かに貨車の数も多かったが、どうも寂れているように思えた。
「少ないね」
「帝国鉄道の方に取られていますからね」
「王都まではどうやって行くの?」
「ここから船に乗って向かいます」
「積み替えをやるわけだ」
「はい、そうです」
駅の近くには船着き場があった。
忙しそうに荷物を川船に載せている。
「この船で王都へ行くの?」
「ええ、船で行き来することになっています」
「どれくらいかかる?」
「四日くらいですね。川の流れにもよりますが」
「結構早いかな」
「流れがありますから上りは倍くらいかかります。では早速のりましょう」
二人は一隻の川船を見つけて便乗することが出来た。
出港して二日後、船は順調に航行しラザフォード伯爵領に到着した。
「ようこそ、ラザフォードに」
船が着岸するとセバスチャンは、埠頭に先に下りて昭弥を先導した。
「結構大きな領地だね」
「畑と湿地に丘しかない、寂れた田舎ですよ」
自嘲気味にセバスチャンが言った。
「でも君の地元だろう」
「ええ。でも産業が無くて離れていく人が多いですね。昔は川を使った運送業が盛んだったんですが、鉄道が出来てからそちらに取られてしまって。小麦以外に野菜や肉の加工ぐらいしか産業がないのですが、それも帝国から持ち込まれるようになったので現金収入が少なくなっています」
「うーん」
典型的な鉄道開通による物流変化の悪影響を受けている。
鉄道で物が運びやすくなったので、遠方の安い品が入るようになって人々が近隣の物産を購入していないんだ。
「さあ、こちらへどうぞ」
セバスチャンに案内されたのは三階建てくらいある大きな屋敷だった。
「セバスチャンの家?」
「まさか。領主であるラザフォード伯爵様のお屋敷です」
「ああ、エリザベスさんの実家ですか」
「はい、昭弥様は王家のお客人なので伯爵様直々にお迎えするそうです」
「え? そんな、身分じゃ無いよ」
「いいえ、王女様がお客人として迎えたのですから、伯爵様がお迎えして当然です。もし昭弥様が伯爵のお迎えを受けなければ伯爵様の顔に泥を塗ることになります」
「……本当?」
「はい。王家の客が泊まらないと言うことは、伯爵様に不信感を抱いているという証拠と見られます。ひいては王家と伯爵家の間に不和を生じ、最悪戦争になります。どうか泊まって下さい」
「……わかりました」
さすがに戦争になっては困るので一泊するくらいなら良いだろうと思った。
「一寸、脅しすぎましたね。戦争は言い過ぎでも良好な関係がダメになることがあります。それに遠方の客人を迎えるのは領主の義務ですし、楽しみにしています」
「楽しみ?」
「娯楽が無いんですよ。遠方から客人の話は、良い気晴らしになるんですよ」
「なるほど、吟遊詩人というわけか」
昭弥はそう言うと、セバスチャンに案内されて屋敷の中に入った。
玄関に入ると、廊下に出た。正面には階段があり、左右に伸びる廊下。壁には多数の肖像画が掛けられており、歴代当主が描かれているのだろう。
「ようこそ、ラザフォード伯爵家へ」
声を掛けてきたのは若々しい、人物だった。
「私が当主のジャック・ラザフォードです。心から歓迎いたします」
「玉川昭弥です。今日はお世話になります」
「はっはっはっ! 我が家だと思ってくつろいで下さい。ご夕食がまだでしょう。王都ほどではありませんが、是非我が領地の産物を存分に食べて下さい」
「は、はあ」
一寸強引だったが、昭弥は言われるがまま、ダイニングルームに連れて行かれ、ディナーを食べることになった。
王都ほどではない、と言っていたが昭弥は王都以上と思った。
キャベツと豚肉のシチュー、人参の甘煮、ポテトサラダ、タマネギのステーキ、雉のパイ包みなど、どれも美味しい物だった。
「お口に合いますでしょうか?」
「はい、とってもおいしいです」
正直に話したが、ただ一つ言っていないことがある。
ラザフォード伯爵が常に昭弥に件のような鋭い視線を浴びせているのだ。そのため、緊張して味が少し劣化している。
「それはよかった。これぐらいしか採れないからね。それにどうも余り気味でね」
「そうなんですか?」
「うむ、油漬けや塩漬けにしても王都で売れないからね」
「どうして油や塩に漬けるんですか?」
「王都に行くまでに腐ってしまうからね。保存の利く油漬けや塩漬けぐらいしか売れないのだよ」
収穫しても、輸送している間に腐ってしまっては商品価値もない。
「鉄道が全てを変えた」
領主が言った。
「鉄道のせいで我々は悪い方向へ進みつつある」
「確かに。では、もし鉄道が領地を通ったらどうです?」
「なに?」
伯爵の視線が更に鋭くなった。
「そうしたら我々の領地にも商品が入ってきてしまうでは無いか」
「ですが、鉄道が入る事によってこれまで売れなかった物を売ることが出来るようになるでしょう」
「ほう、そんな事が出来るのかね」
「出来ます」
昭弥は確信を持って言った。
「……ふむ、それは楽しみだ」
それからは当たり障りの無い範囲で話を続け、散会となった。
翌日、昭弥は再び船に乗り込み、王都に向かって出港した。
船は順調に航行し、二日後に王都へ到着した。
「ようやく着いたね」
「ええ」
船着き場は多くの船が停泊しており、荷役を行っていた。
「結構大きな船もいるんだね」
「本川を航行する大型船ですね。オスティアから来たんでしょう」
「河口の港町だったけ?」
「はい、オスティアから来た船はほぼ全てこの王都に到着します。そこから荷を他の川船や鉄道に積み替えます」
「コルトゥーナに直接行けないの?」
「……無理ですね。あまりにも大きすぎて川を航行出来ません」
「……なるほどね」
船にも弱点があるようだ。
昭弥は、気が付いたこと思いついたことをメモに書き留めた。
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