47.ざぁこざぁこ♡

「なあ。アニーって、どっかの金持ちのお嬢様だと思うか?」


「……何。またその話?」


 俺の突拍子もない質問に、レラが怪訝な顔をする。さらに、『まだ同じ話をするのかコイツは』と苛立った様子で、頬杖をつき、酒場のカウンターを指でトントンと叩く。

 今夜もレラの家に転がり込むことになった俺は、昨夜、仲間外れにされたことですっかり機嫌を損ねてしまった彼女のご機嫌を取るため、二人で旧市街の表通りにある小さな酒場へと趣き、酒を奢ることにしたのだ。

 しかし、酒場での接待は、いつの間にか、昼間も散々独り言のようにレラへ投げかけた《俺のお悩み相談》にすり替わってしまう。


「アニーがキレたのって、やっぱ俺が『ドレス引きずってイケメン貴族追いかけてろ』とか、皮肉を言って馬鹿にしたからなのかなと……」


「知らねーよ。そもそも、あの魔女おんな、お貴族様なワケ?」


「いや……それは知らないけど」


 誤魔化すように、ジョッキの酒を呷る俺。無論、今回はストランク・ズィーロとかいう劇物ではない。味は甘くて、良い香りもするシュワシュワの林檎酒シードル。レラおすすめの一品である。


「知らねーのかよ。アイツから身分だのなんだの、知ったような口でボロクソに言われて、ムカついたから、ああいう風に言い返してやったんじゃないの?」


「それはそうだけど。俺とアニーは昨夜知り合ったばかりで、あいつの身分とか、そういうことまでは知らないんだよ。でもなんか、あいつのキャラっていうか……雰囲気的には、お嬢様っぽい気がしたから、ああいう風に皮肉っぽいことを言ってみただけで」


「きっしょ。ただの妄想じゃん」


「妄想じゃねーよ! そりゃ、あいつの家のこととか、直接聞いたわけじゃないけど。魔法の学校に通ってるみたいだし、そんな学校に通えるのなんて、ここじゃ、金持ちくらいだろ!?」


「そうなの」


「そうだろ!? ……そうだろ? 普通は」


 お前には分からないだろうが、ここは《異世界》だぞ? こんな世界で学校に通い、小綺麗な格好をして魔法を使う高飛車な美少女なんて、貴族のたぐいに決まっているだろ常考常識的に考えて


「それが妄想だって言ってんだよ。アタシも知らねーけど、アンタも知らねーんだろ? あのねーちゃんのことも、魔法の学校だか何だかってことも。何もかも。それじゃ、想像だけでお前のこと煽ってきたあちら様の頭ん中と、まったく同じじゃねーか」


「う……。ぐ……」


 レラが、ジョッキを満たす林檎酒を美味くなさそうに呷り、口元に泡をつけたまま、大きなため息をつく。


「別に、アタシはどーでもいいんだけど。まー、ソースケがブチ切れたのも無理はぇと思うぜ? 本当のところは兎も角、小綺麗な格好をした人間から、あんな風に知ったような口で煽られりゃ、喧嘩になって当然さね」

 

 返す言葉も無い。そして、まさかレラからここまでのド正論をぶつけられたうえ、優しく慰められるなどとは予想だにしていなかったので、俺はぐちゃぐちゃな感情で泣きそうになってしまう。

 ……そこで、素直に、年下の少女の人情味に甘えておけばいいものの。俺は、悔しさと恥ずかしさを紛らわすかのように、大人気なくレラに噛み付いてしまう。


「……じゃあ、お前はなんで俺がアニーの地雷踏んだって分かったんだよ」


「でた。《ぢらい》。そんなもん、普通に分かるじゃん?」


「それだって、ただのお前の妄想じゃねーのかよ?」


「ウッザ。お前と同じにすんな。これは、女の勘ってゆーの。……ま、ドーテーのソースケには分かんねーか」


 良い感じに酒が回ってきた様子で、俺を軽くあしらうレラの口から、とんでもない言葉が飛び出す。それは、お前みたいなちんちくりんのメスガキが言うべき台詞じゃねぇ!!


「どどど童貞ちゃうわ!?」


「嘘こけよwwきっしょwwめっちゃ顔に書いてあるじゃんwwww」


 憎たらしいメスガキが、いらしい目付きで俺のことを嘲笑しながら、口元の泡を美味そうに舌舐めずりして拭う。俺は、泣きそうだったことを忘れ、今度は自分の顔が真っ赤になっていることが分かるくらいに、頭に血が上ってくる感覚に苛まれる。

 ……腹立たしい。心の底から腹立たしいはずなのに。

 なんなんだ、この感覚は……。イケナイ何かに、目覚めてしまいそうだ……。

 いやいやいや……。


「まー、月とすっぽんってやつさね。魔女のねーちゃんにフラれたからって、いつまでもクヨクヨしてんなよ。お前、ルドルフのおやじに頼まれて、モノクロウ火山までお宝掘りに行くんだろ? そんな顔してっと、お宝探しのツキが落ちるぜ?」


 ぐぬぬ……コイツぅ……。 言いたい放題言いやがって。

 よぅし、だったら――


「……だったら、良い女紹介しろよ。それか、お前が付いてきたっていいんだぜ?」


 佐久間少年、精一杯の口説き文句。実際、下心云々というよりも、メスガキからの屈辱的な煽りに対する応酬のつもりである。甘くて美味しい林檎酒も、良い感じに彼の血管中を循環し出したようだ。

 そして、いやらしい笑みをうかべたまま、ほっぺを林檎のように紅くしたレラが、隣に座る壮亮に、身を乗り出してそっと頬を近づける……。


 ……えっ――



「――やなこった♪」



 ……クソが。酒くせぇんだよ、このガキぃ……!

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