46.期待と現実

「だから、何度も言うけど、アレもコンバルタだってば。多分ね? 詳しくは、術式の暗号化魔法鍵エニグマを解読してみないと分からないけれど、それも難しそうだし。そもそも、痕跡はもう消えちゃってるだろうしね。ま、いずれにせよ、あなた自身の力だけで魔法が使えた可能性はゼロだから安心して」


「いや、でも……そのコンバルタっていうのも、俺のレジリエンスあってこその魔術なんだろ……? つまり、もしかしたら俺自身の才能である可能性も捨てきれないというか、微粒子レベルで存在するのでは……?」


「なによ。あなた、魔法のこと全然分かってないじゃない。もう一回説明する?」

「いやいい! 結構ですっ!!」


 そう。あれは今から三、四十分前だろうか。俺は、河原でのアニーのちょっとした魔法教室を修了し、彼女と二人で、下層街の入り口にあるレラのねぐらまで戻るところだったのだが……。


× × ×


「昨夜は途中までしか聞いてもらえなかったけれど、あなたのような非魔術者でも、私たち魔術師の力を頼れば、様々な魔法が使えるという話はもうバッチリよね? そのような魔法技術は魔術変換コンバルタと総称されるわ。おそらく、あなたが下層街で放った攻撃魔法も、コンバルタを利用したもので間違いないと思う。最も可能性が高いのは、私が、料理人見習いの子で実演した《魔力媒介》ね。世界のあらゆる空間に漂う自然魔力を感受することの出来る魔術師が、魔力を自身の元に集めてから、依り代となる対象を通じて解放するの。もっとも基礎的で多用されているコンバルタよ。あ、自然魔力とは一口にいっても、その性質は、目に見えない大きさの魔力粒子ひとつひとつで異なっているから、その種類によっては、人間へ生命力を与えもするし、奪いもする。つまり、それらが混在する一般的な自然環境下での自然魔力とは、基本的には人体にとって有害なものだと考えてもらっていいわ。それ故、そこら中の自然魔力をかき集めて自分の身体に溜め込んだ挙げ句、魔力と結合した自身の生命エネルギーごと解放しちゃったとすれば……? そう。早い話、二重の意味で寿命が縮まるのよ。なぜならば、魔力と人間の生命力は、非常に親和性が高い。だけど、魔力と結合した生命力が肉体の外に出て行くためには、生命力の持ち主自身の身体から直接解放される魔導回路ルートである必要がある。例えば、掌とか、指先のような術者の肉体からの直接照射ダイレクトフォースね。だけれど、もしも、魔力と身体の間に依り代があれば、生命力だけは、持ち主の体内に留まろうとする。だから、私たちは魔法の杖のような魔道具や、時に他者の肉体を通じて、自身の体内に集積した自然魔力を解放するってワケ。出来るだけ、自分の生命エネルギーが外に出て行かないようにね。おーっと!? しかしここで優秀な魔術師見習いなら、誰もがこう思うのです。『あら先生? しかしそれでは、魔術師の生命力が無事でも、魔力を解放する際、依り代側の生命エネルギーが一緒に外に出て行ってしまうのでは? 杖なら兎も角、依り代が人間の場合は?』……正解は、そうはなりません。何故ならば、自然魔力と人間の生命力は、魔力が体外へ出て行こうとした途端、水と油のような関係に豹変するから。つまり、魔力媒介によって術者の生命力と分離してから放出される魔法エネルギーは、もはや依り代の生命力とは結合しない。とはいえ、強力な魔術の場合、魔力との摩擦干渉で削られた生命力が漏出する危険性はあるわけだから、そこは十分注意するべきね。さあ、ここで魔力適性レジリエンスが登場するわ。レジリエンスは、簡単に言うと、生命力が体内に留まろうとする力の強さを意味する。つまり、レジリエンスが強ければ、魔力を解放する際に摩擦干渉で生命力が摩耗したとしても、その欠片は体内に留まるから、一時的な衰弱くらいで済むの。反対に、レジリエンスが弱い人間をコンバルタの依り代にして、強大な魔力を解放なんてした日には、摩擦干渉で摩耗した生命力が、魔力の勢いに流されて、体外へと漏出し、限界以上に失われてしまうおそれがある。つまり……依り代は、死ぬ。ちなみにこれ、魔導回路理論の初歩中の初歩だから、どこの魔術学校でも定期考査頻出分野ね。もちろん私はいつも満点だったけれど――(さらに続く)」


× × ×


「この際だから、正直に言わしてもらうけど、アニーは話がげーんだよ。俺も魔法には興味があるから、色々と教えてくれるのは有り難いけどさ。なんかこう……もっと単純な話でいいというか。いちいち余計な話までしないで欲しいんだよな」


「余計な話ってなによ。こっちは、よかれと思って話してあげているのに失礼ね」


「お前の自慢話とか、別にいらないじゃん。俺が一番知りたいのは、お前の学校の成績とか、課外活動の成果とかじゃなくてだな。そう、俺の内に秘めたる魔術の才能の可能性であって――」


「それは無いんだってば。ソースケは、完全なナフトだと、私でも保証できるわよ」


 “ガクッ”と、わざとらしく項垂れる俺氏。

 いや、アニーの話を散々聞いて、薄々気付いちゃいる。てか、殆どもう理解しつつあるんだけれども……やっぱり『異世界転生したら、チート魔法使えるようになったったww』的な、胸熱展開が……諦めきれなくて。

 クソが。誰だよ、俺に余計なお世話でカ○ハメ波撃たせた悪趣味な輩は。あの時は助かったけど、今となっては、恨めしや……だ。


「あと別に、自慢してるわけじゃないんだけど? 何も分からないあなたに対して、単純に説明するばっかりじゃ、退屈だろうからって、わざわざ気を利かせてあげていたのが分からなかった?」


 うるさいな。俺は今、感傷に浸っているところなんだよ。それをチクチクと嫌みたらしく、俺の言葉の隅から隅までをつつくようにこの魔女おんなは。


「はぁ……。お前さぁ、そういうの何ていうか知ってるか? 独善的ひとりよがりっていうんだよ。いるんだよなー、お前みたいな教師とか。昔、学校通ってた頃、話つまんねーくせに、いつもベラベラ余計な話ばっかりするせいで授業時間オーバーする先生がいてさ。性格も悪いし、もう学校中みんなの嫌われ者ってね!」


「あら。ソースケ、学校なんて出ていたの? 何かの理由で故郷を追い出されて、この国に流れ着いた身分だとは思っていたけれど、これは失礼しました。まさか、あなたに何か学があるようには見えなかったので」

 

 ――――カチン。一瞬、どこかでアニーに俺が異世界転生したきたことを話しただろうかと、思考が止まり、背筋が凍りかけたが、そんな記憶は無いし、よく考えれば、ヤツの発言内容も俺の境遇を詳しく知っているようでは無い。

 しかし、図星といえば図星だ。通常、多くの人間が卒業する学校を中退し、社会の底辺を親という都合の良い隠れ蓑に包まりながらゴロゴロと悠々自適に転がり回っていた俺は、故郷の世界から惨めな形ではじき出され、この異世界に流れ着いた――学も地位も金も何も無いただのクズだ。俺が話すまでも無く、彼女には見透かされていたのだ。ゴミクズだと。


「……言ってくれるじゃねーか。俺の故郷だ学歴だって。聞かれてもいなければ、そんなもん話したところで、お前になんて理解できるわけねーのによ? お前に、俺の何が分かるんだよ? ああ??」


「……何。気に触ったのなら、謝るけど」


「謝れば済む問題か!? 大体、謝り方すらおかしいだろ!! 偉そうなんだよ、お前! 何様のつもりだ? 俺には、学も無ければ金もねぇ――身分だって、ここじゃ故郷以上にゴミクズ同然だ!! そんな俺を笑って楽しいか? あぁ!?」


「ちがう。悪かったわよ……私、そんなつもりじゃ――」

 

「ご親切に下々の者どもに手を差し伸べる救世主ごっこでもしてるつもりなのか、魔術師のお嬢様がよぉ!! こんなクソみたいな連中の街で遊んでないで、安全な学校だかお城だかお屋敷だか知らねーけど、帰って優雅にお茶でもした後に、フリルだらけのドレスを床に引きずりながら、魔法界のイケメン貴族様を追いかけ回して媚びでも売ってろよ!!」


「……は?」


「あ?」


「なによそれ」


「なんだよ。文句あんのか」

 

 お? なんだ、やんのか?

 可愛い顔して一丁前に凄みやがって。地下牢の連中や、ルドルフのおやじに比べたら、お前なんか別に怖くねーぞ?? おおん??(威圧)


 ……あっ。いや……割と怖いかも……えっ、怖っ。なんだこの気迫……。急に……。 


「いい加減にしろって!!」


 壮亮とアニーの口喧嘩が過熱し、ついに、その騒々しさと険悪な空気に耐えかねたレラが二人を一喝する。自身の家の前で好き勝手にいがみ合う二人に対し、もはや、怒りを通り越して、呆れて返った様子である。


「お前らさぁ……やっと出て行ったと思ったら、なんでわざわざあたしんちに帰って来んだよ。しかも喧嘩までするし。やるなら余所でやれ」


「……いいだろ。 土産も持ってきたんだし、堅いこと言うな」


 焚き火で炙られている十数本もあろう川魚の串焼きのうち、一番太って脂ののっていそうな一匹を頬張るレラ。『俺が食べようと思って大事に育てていたのに』と、怒鳴り散らしそうになるが、思いとどまる。


あひっアチッ……!? しゃかないっひきで魚一匹でおきえんほろーはってご機嫌取ろうたってほーわいふはそうはいくか!」


「おかわりもあるぞ?」


「あきる。いらね」


 ここで、アニーが勢いよく立ち上がる音に驚き、“ビクッ”身を震わせる俺。

 心底気分を害している様子で、俺のことをゴミを見るような目で一瞥し、こちらに“ガシャガシャ”と音の鳴る布袋を放り投げてくる。


「危ねっ!?」


魔法薬くすり。約束だから。勝手に使えば? さよなら」


「待てよ!! 話、まだ終わってねーだろ!」


「もう話すことなんて何も無いわよ!! 思い違いだっただけ……。話したくも無い……」


 アニーが魔法の箒に跨がり、下層街の出口に向かって、勢い良く飛び立つ。

 箒のせいで地面から舞い上がった砂や石の粒が、俺とレラの顔や手足に容赦なく命中する。


「くっそ!? ふざけんなよ、アイツ……!」


「……お前、やらかしてんなぁ」


「あ?」


 レラが、口に入った砂を“ペッペッ”と吐き出しながら、苦い顔をしながら俺を睨み付けてくる。それが彼女の怒りなのか、呆れなのか、果ては他の感情なのか、俺には理解できなかったが、彼女レラが俺に訴えているであろうひとつの疑念が、頭をよぎる。

 

「……もしかして。俺、地雷踏んだの?」


「……《ぢらい》って何」


「いや……。言って良いことと悪いこと的な」


「……知らね。自分テメーで考えろ」

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