45.自衛手段

「なっ……おまっ……何を……!?」


 とんがり魔女帽を頭に被り、懐から魔法の杖を取り出すアニー。腰に片手を当て、肩慣らしをするかのように、杖の先を宙に向けて、くるくると回して見せる。


「下層街で会ったとき、私が話したことは覚えている?」


 いいえ、覚えていませんが?? というか、唐突に『私の話ちゃんと聞かないと死ぬわよ』みたいなことを告げられ、何が何やら分からず混乱している状態なのだから、今の俺に思い出せるはずもない。正気か、この女。はわわわわ。


「ちょ、ちょっと待てよ!? 何、『死ぬ』って!? 俺に何する気だ!?」


「大丈夫。きちんと私が教えた通りにすれば、安全よ。それにあなた、非魔術者ナフトにしては、随分と魔力適性レジリエンスがあるみたいだし、余程ヘマしない限りは死なないだろうから」


「だろうから、って。そんな無責任な……」


 マジかよ、この魔女。何をするつもりなのか知らんが、憶測で人の命をもてあそぶなんて、どうかしている。まさかコイツ、悪魔召喚とか、死者使役とかするタイプの悪い魔女じゃないだろうな……?


「フォース・ディレクトル・エンチャンタ。ネイトラルバース・オヌ・シュタイネ・シュバルツ。大いなる魔の力よ、漆黒の石の深き闇へ、斯く宿りたまえ……」


 アニーが、自分の杖と、俺に渡した杖の先を突き合わせ、呪文のような言葉を詠唱する。二本の杖の周囲を螺旋状に取り囲むように、紫色に光る小さな魔方陣や古代文字の帯が浮かび上がり、アニーが施した杖の彫刻も紫色に光を放つ。微かに、自然のものとは違う風を肌に感じる。


「……うん。良い感じに出来たと思うわ。水晶にヒビも入らなかった」


「いや、お前はさっきから独りで一体何を……」


付呪エンチャント。今更、わざわざ言うほどでも無いけれど、もはやその山杖つえは、ただの山杖では無いわ。私の杖と同じ、魔法の杖よ。魔力の属性は、どうやら風属性っぽいわね」


「魔法の……杖……?」


「それ、要はナフトのソースケにも魔法が使えるよう、杖に魔力を封じ込めてあるの。私お手製の護身用魔道具よ」


 なん……だと……? これは、これは、胸熱展開ではないか。明らかに無能力者としてこの世界に転生してきた俺にも、ついに大いなる力が授けられるイベント発生である。大いなる力(人工)ですが。


「一応、軽く試してくれる? 杖を構えて、魔法をイメージするだけだから」


 杖の先で川面を指し示すアニー。『そこに魔法を撃て』と。

 いやいや。軽く試せだの、イメージしろだのと簡単に言われましても、俺氏、魔法も超絶初心者なんですが? まぁ、正直、ここでやっと戦闘能力を得るイベントかと、テンションは上がってますが、実際問題、俺に魔法が出来るのか……?


「イメージって、何をどうイメージすれば……。俺、呪文とか知らねーし……」


「簡単よ。まずは、杖に流れ込む魔力の流れを掌握して。そして、次に……例えば、そこの川面に向かって、杖の魔力が塊になって飛んでいくようにイメージすれば良い。呪文は、そうね……《ブロウ》とか」


 なるほど……分からん。よく分からんが、まずは《本物の魔女》に言われた通りにしてみよう。

 魔力の流れ、魔力の流れ……。無論、未知の感覚ではあるが……なるほど。確かに、手に握った杖から鼓動のような、温もりのようなものを感じる。これが、魔力の流れ、だろうか……。コイツを捕らえたら、次は呪文の詠唱……えーっと……?


「ブ……《ブロー》!!」


 俺を中心に、突風のような風が吹き上がる。砂埃、小石、アニーのスカートが“ブワッ”と舞い上がる。

 表情を変えぬまま、少し遅れてスカートを押さえるアニー。うっすら頬を紅く染める。 


「あ、あれっ!? いやいやいやwwwこれは、わざとじゃなくてだな!? な、なんか間違えただけ! フヒッwサーセッww」


 はい、薄 ピ ン ク。すかさず見たぞ、俺は。幸運にも、不運な事故によって。えっちな太ももと、へそチラもバッチリだ。


「ブ・ロ・ウ。最後、延ばさないで言い切ること。次、間違ったら……ぶつわよ」 


「ブ、ぶろう!」


「違う、ちゃんと集中して。雑念を消して、魔力の流れを掌握してからじゃないと、意味無いから。はい、もう一回」


 スケベなおパンツと身体で、俺の純朴な心をかき乱しておきながら、無茶言うなって! それに失敗とは言え、魔法自体は最初に使えたっぽいじゃん!

 ええと、魔力の流れを捕まえたら、魔力が飛んでいくイメージ……つまり、ええと……


 ……あっ?


 それって、昨夜の……カメ○メ波?


「ブロウ!!」


 “ヒュゥッ――――ダッバァン!!”


 杖の先から、風の魔法が放たれ、橋の上からかなり大きな石を落としたくらいの水柱が立つ。波紋が落ち着くと、川面には何匹か気絶した魚が浮いてくる。

 杖を構えたまま、呆気にとられる壮亮と、満足げに頷きながら、だらだらとした拍手をするアニー。


「よくできました。私の付呪も、あなたの杖の使いこなしも、思った以上に上出来ね。ソースケ、意外とセンスあるんじゃない? 消耗して無さそうだし、他にも色々教えてあげるわ」


 自画自賛しながら、俺のことも褒めてくれるアニー。魔法のプロであろう魔女から褒められると、素直に嬉しいな。ちょっと好きになりそうゲフンゲフン。

 俺の、先ほどまでの意気消沈した気持ちが、右肩上がりに急騰する。そうすると俄然、どこからともなく、《ちゃちな》やる気と、妄想的な自信が沸いてくる。


 やれる。やれるぞ。

 やってやろうじゃないか、モノクロウ火山の遺跡とやら……! 

 この魔法の杖があれば、俺一人でも……もしかしたら……もしかするのでは……!?

 てか、色々ありすぎて深く考える暇も無かったけれど、昨夜のカメハ○波といい、つい今しがた発動した風の魔法のコントロールといい――


 ――やっぱり俺、何らかの異世界チート能力に、覚醒しつつあるのでは!?!?

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