43.小悪魔的魔術師

「……なんだよ」


「何が?」


「なんで、俺について来るんだよっての。用も無いくせに」


「あら、すっかり拗ねちゃったのね。お友達にフラれたからって、私に当たらないで頂戴な」


 太陽の位置からして、おおよそ昼前くらいの時刻。俺は、モノクロウ火山での依頼クエストに必要な道具や物資を品定めするため、旧市街のごちゃごちゃした商店街を訪れていた。無論、冒険初心者かつ異世界初心者の俺には、今回の旅路に何が必要なのか、そもそも露店の店先に並んでいる見慣れない道具類は、何のために、どうやって使う物なのか、皆目見当もつかない。それでも俺は、自分なりに、ありったけの想像力を働かせて、それっぽい商品を買い漁っていたところである。  


「さっきから、気が散るんだよ。人が買い物してる横で覗き込みながら『えー』だの『あー』だのって」


「だって、あなたが買おうとする道具の組み合わせも、必要性も、あまりに意味不明すぎるんだもの。ひょっとして、初心者?」


「初心者だよ!! だから、『助けてくれ』ってあんなに頼んだだろ!」


「呆れた。ロクに旅も野営もしたことの無いようなお坊ちゃまが、樹海と火山を抜けた先の古代遺跡探索に挑戦しようだなんて。冒険者ギルド附属養成所スクールを卒業したばかりの自信過剰な新米冒険者ルーキーですら、もう少しまともな仕事を選ぶでしょうね」


 人が真剣に旅支度をしている様子を茶化してくるストーカー魔女。魔女コイツと俺、レラ、セトメたんは、下層街のレラの家の前で解散したはずなのだが、何故か、コイツだけ、いつまでも俺につきまとってくる。昨夜、下層街で出会ったときから感じていたことだが、『ウザい』んだよコイツ。いちいち言葉選びが小難しい上に、話は長いし、人のことを見下しているような態度が鼻につく。あと、絶対自分のこと『可愛い』って思ってるタイプだろ。いや、実際、びっくりするくらい美人だけども。


「いいわ。かわいそうだから、旅支度くらいなら手伝ってあげる」


「は? い、いらねーよ……別に……」


 と、口ではすかしてみたものの、正直なところ、『《とても》手伝って欲しい』。しかし、どれだけお願いしてもパーティを組んでくれなかった相手から、今更、情けをかけられるという事態について、俺の下らないプライドが『それはカッコ悪い』と囁いてしまい、曖昧な返事として口から零れ出す。

 今更なんだよ。お前はさっさと魔法薬とやらを作ればいいだろ。そういう約束なんだから。


「いいじゃない。別に、ここであなたへ恩を売るつもりは無いし、約束した以上の対価も要求しない。もし感謝するなら、私が《お買い物好き》だったという偶然にするといいわ。それってつまり、あなた自身の幸運でもあるでしょ?」


「なんだそれ……。それで、お前に何の得があるんだよ」


「同じ事を言わせないで。私はただ、お買い物が好きなだけよ。はい、コレとコレ。買ったら、さっさと次の店へ行く」


 魔女に言いくるめられ、彼女の言いなりで買い物をさせられる壮亮。次から次へと、魔女が選んだ革袋のような物や、ロープの束、何の価値があるのかすら怪しい石ころなどが、壮亮の両手を埋め尽くしていく。


「いらっしゃい。何をお探しかな、お嬢さん」


「こんにちは。山杖つえが欲しいの。出来れば、ノームオーク製が良いわ。無ければ、若いハイランドパインでも構わない」


 いやいや。杖なんて、必要ないだろうが。足腰の弱いお年寄りじゃあるまいし。


生憎あいにく、ノームオークは置いていないが、キロニェ山の松を使った杖なら、いくつかある。わしの目利きだと、こいつが一番若くて、ものも無さそうじゃな。付呪エンチャントするつもりなら、この山杖にしなさい」


「あら……失礼いたしました、先生。てっきり、普通の旅道具屋さんだとばかり」


「なに、儂もそのつもりで細々とあきないをしておる。レムゼルクは非魔術者ナフトか、非魔術者のフリをしておる流れ者ばかりだからのう。どれ、ここでうたのもアルスナヴァの思し召しじゃ。山杖に黒水晶の欠片もつけて、三千イェンでどうかな?」


 あの。すみません。よく分かりませんが、お二人とも意気投合されているようですけれども、ボク、買いませんからね?


「本当ですか!? はい! 買います! この男の子が買います!」


「いやいやいや!? 買いませんから! いらないイラナイ!」


「い る のっ! 後でちゃんと説明してあげるから、黙っていなさいな。こう見えて、あなたなんかより、よっぽど旅には慣れているし、良い品物を選ぶセンスも間違い無く私の方が上手うわて。悪いようにはしないから、信じて。はい、早く、お金」


 口元をへの字に曲げ、魔女が俺を睨み付ける。『早く金を出せ』と、言葉通りの仕草だが、こちらへ突き出した掌を上下に揺らして杖の購入を催促している。そんな図々しさに満ちあふれた魔女の勢いに負け、俺は渋々しぶしぶ財布から三千イェンを差し出す。トホホ……。


「ほっほっほ、毎度あり。いつの世も、かかあ天下じゃのう。儂と、うちのばばの若い頃を思い出すわい」


「いやいや、あの……俺とコイツは、そういう関係では……」


「お止めください、先生。彼ったら、ご覧の通り、照れ屋で、すぐ拗ねちゃうし、後始末が大変ですのよ? ふふ……でも、そこが好き」


「やめろって!! 全然違うだろ!!」


 佐久間少年、小学生並みの唐突なブチ切れである。小悪魔的にふざけながら、自身の腕に優しく抱き付き、肩に頬を乗せてきた魔女を振り払う。無論、ただの照れ隠し。まさか、そんな風に絡まれるとは思っていなかったので、それはもう内心ドッキドキである。おっぱい。


「なによ、冗談通じないわね。そんなに怒らなくても良いでしょ?」


「うっせー、バァーカ! お前、何なんだよ本当に! 昨夜も、今日も、いちいち馴れ馴れしい上に、図々しいんだよ! お前!」


「ねぇ、何でも良いけれど、その《お前》っていうのやめてくれない?」


「じゃあ何て呼べば良いんだよ! 聞いても名乗ろうとしないだろ、お ま え」


 ため息をつく魔女。何かを諦めたかのように、怠惰に天を仰いでから、壮亮に向き直る。


「……アニーでいいわ。友達は、そうやって呼ぶから」

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