40.今のはおいなりさんではない
× × ×
“もっちゃ、もっちゃ”
《自宅》の《敷地内》に石を積んで作られた焚き火の炉の傍に腰掛け、それはもう大層、不機嫌かつ怪訝そうな面持ちで、丸くて大きいパンと魚の丸焼きを囓るレラ。昨夜の、セトメからの差し入れである。
焚き火の周りには、深刻な表情をした壮亮、気まずそうな雰囲気のセトメ、そして、先ほどまでレラの隣で眠っていた――今は、頭を抱えて呻く銀髪の魔女の姿もある。
殺伐とした炉端で、はじめに開口したのは、佐久間壮亮氏。実に申し訳なさそうな様子で、どうしてこんな状況が生まれてしまったのかという経緯をレラに説明する。
「――というワケで。何故か、知らぬ間に、かの悪名高きルドルフ氏の
胃が痛い。学校の先生に宿題をやらなかった理由をでっち上げて説明するときくらいキリキリする。
「わかった。もう喋んな」
「えっ」
「酒くせーんだよ、オメー」
「あっはい。しゅみません」
「あたまいたい」
「あ、あの……ごめんなさい。サクマさんを『朝まで飲みましょう』と
「なんで」
「えっ。それは、その……落ち込んでいる彼を放っておけなくて……?」
「そいつじゃなくて。なんであたしも起こしてくんないのって聞いてんだけど」
「あっ、なるほど! そ、そっちですね!? えっと、それはもう気持ちよさそうに寝ていたので!」
「あたまいたい」
「そりゃあー、ど う も 。お気遣い頂きまして。《こちら》のお裾分けも毎度のこと、大層おいしゅうごさいますが? セトメ《様》お手製のハムサンドと比べれば、ちょいとばかし《お寂しさ》を《お感じ》ますわねぇ。……そもそも、あたし、今までそんなの食べたこと無いけど」
「こ、今度作って来ますから! あっ、レラがカワセミ亭まで来てもいいですよ? いつでもご馳走します」
「セトメも酒くさ。あとお前、寝癖すげーぞ?」
「えっ!? やだっ、うそ……!?」
「あたまいたい」
レラの指摘に、慌てて口元へ手を運び、自分の口臭を確認するセトメ。同時に、もう片手で寝癖のついた髪をわしゃわしゃ直そうと努力する。
そんな様子を眺めながら萌え萌えキュンしていた壮亮だが、視線に気付いたセトメが恨めしそうに睨み付けてきたので、慌てて彼女から視線を逸らし、先ほどから調子に乗り気味のレラへ小言を申し向ける。
「お……おい、レラ! お前、いくら何でも感じ悪いぞ。 そもそも、セトメ《たん》は、いつもお前にタダでメシを――」
「たん?」
「まっ!? ちがえーーーたんっ☆ さんっ!! セトメさん!!」
「ああああもう!? あ た ま い た いぃ!!」
眉をひそめるレラと、ぶち壊れたテンションで狼狽する壮亮の感情をリセットするほどの癇癪を起こす銀髪の魔女。無論、冒頭からちょくちょく『あたまいたい』とほざいていたのは、彼女である。
「だぁ!! うっせーな、さっきから!! 今朝起きてから、あたしが一番納得いかねーところなんだけど!! 一体、ねーちゃんは、どこの誰なんだよ!? 堂々と
「うう……名乗るほどの者では……。そーしゅけぇ……? 私の上着……。上着から、薬取って……。黄色い液体が、細長いガラス瓶に入ってるやつ」
「あ? 薬って……。いいけど、どこだよ。ポケットか?」
「内側の左ポケットに入ってるでしょ~……?」
二日酔いに苛まれる魔女に頼まれ、彼女が脱ぎ捨てていた黒くて分厚いローブを漁る壮亮。ローブのポケットからは、何やら、妙な香りのする葉っぱやら、干からびたは虫類の死骸やら、折りたたまれたシミだらけの紙切れやらと、薄気味悪い物品が出てくるばかりで、薬入りのガラス瓶らしきものは見当たらない。
「……何、無いの? うぅ……貸して……自分で探す」
「ちょっ!? おまwwあのっ、おぱ……うひっww」
具合の悪そうな魔女が、気怠げに壮亮へ身体をもたれながら、彼が両手で抱える黒いローブの内側をまさぐる。魔女の、女の子らしい身体のあちこちの感触が、むにゅむにゅと押し付けられ、身震いやら身動ぎやらを隠せない様子の壮亮。
「あ。この感触、あったわ。あれ……なんかちょっと短いような?」
「ひぎっ!? あひんっwwおまww違っwwそれは、俺のおいなりさん――ッじゃない方のやつだからぁ!?」
そんな様子を冷ややかに、白けた表情で見据えるレラとセトメ。
少しして、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、レラがセトメに耳打ちする。すると、顔を真っ赤にしてモジモジするセトメ。
「――なっ? アイツ、絶対そうだよな? イ○ポ野郎かと思ってたww」
「しっ、知りませんよ。そんなこと……」
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