38.最初で、最期の失敗?
「おー、戻ったか、お若いの! あんちゃんの方は、相も変わらず、ひっでー顔色してんな! ガッハッハ!!」
大きな酒場のカウンターで、大ジョッキを片手に大笑いする男。あれは確か、おおよそ人の飲み物では無い酒を出す屋台の
「くかー、すこぉー……むにゃ……みんなヒキガエルになればいいのに……ぐぅ……」
その隣で、カウンターに突っ伏して爆睡している銀髪の魔女。彼女とは、顔見知りで間違いは無いのだが……何故、こいつがここにいる? 話が長くて面倒くさいので、路地裏に置き去りにしたはずなんだが。
「む……。目が覚めたか、小僧。では、改めて、正しい酒の飲み方を教えてやる。来い」
……えっ、誰?
もじゃもじゃの髭面で、角の生えた兜を被った――まるで、
マジで、誰? えっ、こわ。
「何をもたもたしている? 来い。ロクに酒も飲めんような小童が、どうやって女を抱いたのか、聞かせてみろ」
「抱かれてませんから。そもそも私は、部屋の外にいました……ので」
冷静に、ド直球なセクハラ発言をぶつけてくる髭面のいかつい男。
俺が呂律の回らない口で弁明するまでもなく、男のセクハラ発言をセトメが《一部》嘘を付きながら、食い気味に否定する。
情けないことに、酒のせいで足元がおぼつかない俺は今、彼女の肩を借り、《ふらついて》いる。歩いているのでは無く、ふらついている。
――曰く、下層街の屋台で、ストランク・ズィーロとかいう、ストゼ○のパチモンみたいな酒を口にした俺は、高笑いしたり、大泣きしたりしながら、意味の分からないことばかり喚き散らし、屋台のマスターに絡み、もちろんセトメたんにも絡み、後からやってきた客にまで、ひたすらダル絡みをし続けていたそうな。
「なんと、つまらん。あれほど、まずは『
おそらく、このいけ好かないおっさんは、後からやって来た客、其の一。
……ルドルフ? はて、どっかで聞いたような名前だなぁ……。
「せんせぇー!? そこの公式ぃ、間違ってませんかぁ?? それだと、魔道回路の臨界点が通常よりも低くなってしまうので、魔力が解放できないばかりか、最悪の場合、
そして、そこで小難しい寝言を散らかす酔いどれ魔女は、あとから来たやって来た客、其の二、だろう。現在の彼女からは、路地裏で俺とセトメたんに絡んできたときの、お上品な優等生キャラの風格など微塵も漂わず、もはや、ただの酔っ払いである。
「ナッハッハ!! 本当に、今夜は変な客ばかり来る夜だったなぁ!」
「まったく! その変な客を自分の店で面倒見切れないからって、うちに連れ込むんじゃあ、ないよ! うちだって、そろそろ店じまいだよ!!」
カウンターの内側で、洗ったグラスを拭く酒場の女店主が、上機嫌でジョッキを呷る屋台のマスターを睨み付ける。
曰く、俺たちが屋台で飲んでいた頃、マスターが店じまいを始めると、俺が『もっとおさけがのみたい』と、この世の終わりのように泣き喚くものだから、彼の案内で、この酒場までハシゴすることになったそうな。
なお、セトメたんと俺が酒場の二階にある宿部屋で同衾していたのは、俺が、部屋まで運んでくれたセトメたんをベッドに押し倒すようにして、寝落ちしてしまったからだそうで、曰く、それ以上は『本当に何もありませんでしたから』とのことです。
無論、記憶に――いや、記憶が、ございません。おそらく、悲しくも俺の純潔は、今まで通り堅牢なのだろう。いや、むしろここは軽率な間違いが無くて喜ぶべき……か?
「それで……小僧。仕事の話だが、どうするつもりだ? 言った通り、貴様一人では、いささか困難な仕事だが……誰かアテはあるのか?」
……ん? 仕事って? このおっさんは、一体何の話をしているのだろうか。
「サクマさん……やっぱり無茶ですよ。モノクロウ火山なんて、危険すぎます」
んん? セトメたん?? モノクロウ火山がどうしたって?? えっ。温泉? 一緒に、モノクロア温泉、入る??
「今更、やめたとは言わせんぞ。まさか、男に二言は無かろうな? 小僧」
「ナッハッハ!! ルドルフの旦那の仕事で、モノクロウ火山か! 生きて、またうちの店に来いよ! そしたら、ストランク・ズィーロを一杯おごってやらぁ!」
一気に血の気が引く壮亮。青ざめたその顔は、酒のせいか、はては身に覚えの無い不穏な約束の類いの存在を悟った故か。
「あのぉ……皆ひゃん、一体、なんのお話を……?」
震え声。
「あっ……。サクマさん、もしかして……?」
『もしかして、覚えて無いんですか?』
――察しよく、壮亮が狼狽していることに気が付いたセトメが、視線と仕草で疑問を投げかけてくる。それを待っていたかのように、激しく首を縦に振る壮亮。
「……お酒で上機嫌だったサクマさんは、屋台で、あの方と……ルドルフさんと、契約を交わしたんです。お仕事の契約を」
「け、契約……!? 仕事……? ルドルフ……」
ルドルフ……うーんと……どこかで……、
「――ハッ!? スケアクロウッ……!!」
そう。ここで不運なことに、俺は、すべて思い出してしまった。
目の前で、俺を睨み付ける髭面のいけ好かない大男。
彼の名は、ルドルフ。
旧市街の汚職衛兵スケアクロウが『仕事に困っているならば』と、俺に紹介した、その人――そして今や、すでに俺の、雇い主。
「小僧。いいか、忘れるなよ。モノクロウ火山の遺跡だ。古の森の木々が無くなるまで山を登り、目印の
「あっはい。あっ、えっと。いや、その……でもやっぱり……うんと……」
や め た い。なんてったって、異世界の住人たちからは『あいつの仕事受けたら大体死ぬ』とお墨付きの、ルドルフ氏からのお仕事――モノクロウ火山の遺跡発掘。
可哀想な僕は、お酒のせいでそんな人と、そんなトンデモナイ・ケーヤクをしてしまったのだから、さあ大変。お断りの言い訳を必死に模索する。
「期 日 は 一 週 間 。なぁに、火山までは片道二日かからん。ましてや、そこの魔女見習いが、何やら丁度良い魔法薬を調合するというのだから、言った通り、貴様ともう一人テコさえいれば、十分こなせる筈だ……」
……。
「よ い な ? この契約書の拇印、貴様の指で間違いはなかろう? 万が一にも、今更白紙にしろというのなら、それなりの代償は払ってもらうぞ」
そう言って凄むルドルフの形相は、壮亮が異世界で見たどの人相よりも恐ろしく、小心者のニートには、到底、彼に逆らう気など起きる訳がなく――
「……やりまひゅ。やらせてくだひゃい」
壮亮の、蚊の泣くような返事。
「ワーッハッハァ!! いいぞ、それでこそ
ルドルフの、地鳴りのような高笑い。上機嫌である。
……俺は、震えながら、心の底から、後悔した。
そして、もう二度と酒は飲まないと、堅く心に誓うのであった……。
ただし、一週間後に、命あれば、の話だが。
「サクマさん……」
壮亮の肩を支えるセトメが、彼の動揺を察し、より壮亮へ身を寄せる。
そして、薄ら頬を赤らめ、どうにもこうにも不完全な感情でも、壮亮の気を紛らわすよう、精一杯はにかんで見せる。
「こ、こうなったら、今日はもう飲み明かして開き直りましょう! その……私で良ければ、最後まで付き合いますから……ねっ?」
「ううっ……セトメたぁん……!!」
涙腺崩壊。前言撤回。おさけ、のも……。しゅき(はぁと)。
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