【番外編】転生逆転!?それでもクズと始める異世界生活

 “ミーン、ミンミン……”

 

 日差しが強い。暑い。眩しい。

 いやコレ、はっきり言って、無理だろ常考常識的に考えて


 俺の名前は|佐久間壮亮さくまそうすけ

 学校にも通わず、バイトや仕事もするわけが無く、ほぼ一日中自室に引き籠もり、ただ怠惰で自堕落な人生を親のスネを主食に生きている。まさに、自他共に認めるニート予備軍のクズだ。

 

 そんな俺が、こんなに天気の良い真昼間に、部屋の外どころか、家の外にまで出ることになるなんて、非常に不本意である。


「クソ、まひろめ……。俺をこんな目に遭わせやがって」


 俺がこんな目に遭う羽目になったのは、俺の妹――佐久間まひろ、16歳、はなJK女子高校生、家での性格はキツめだけど、学校ではそこそこ友達もいて、男子の隠れファンも多いらしい――が、兄である俺が床ドンしたにも関わらず、昼飯を部屋まで持ってこなかったせいだ。


 近所のコンビニを目指し、しかめっ面の壮亮が、照り返しの激しい夏のアスファルトの上を猫背気味に歩く。

 くたびれた灰色のスウェットの袖と裾を捲り、ホームセンターで売っている安物のビーチサンダルを履いた彼の姿は、端的にいって、見苦しい。


 そんな自分自身と、不意に目が合う壮亮。狭い道路の端に駐車されている車の窓ガラスに映りこんだニートと目が合い、立ち止まる。普段は自分の容姿など大して気にもしない壮亮自身にとっても、真っ昼間っから寝間着姿で、堂々と街を歩くクズニートの姿は、はっきり言って、見るに堪えない。

 そんな風に改めて現在の自分を客観視すると、何か切ないような、恥ずかしいような、嫌な気持ちになってしまい、無意識に変な声が出そうに――


“ドンドンドン!!”


「うおっ!?」


「アーヴー」


 突然、壮亮が覗き込んでいた車の窓ガラスが、大きな音を立ててぐわんぐわん揺れる。

 車の内側には、今にも死にそうな顔をした金髪の少女が一人。苦しそうな息遣いで、まるでゾンビのような呻き声を上げながら、“ドンドン”と車の窓ガラスを拳で叩いている。


「ココカラダセ……アケロォ……」


 マジか!? ヤベーやつじゃんこれ……! よくニュースとかである《真夏の車内に取り残された子供が熱中症で死亡》みたいな事件寸前の状態じゃねーか……。

 ど、どうしよう? 助けなきゃ……。でも、どうやって?


 コンビニに昼食を買いに行こうとしていただけなのに、とんでもない事件に出くわしてしまうクソニートの佐久間壮亮。それほど切れるわけでもない頭をフル回転させ、灼熱の車内に閉じ込められた少女を助け出す方法を考える。


 …………ピンポーン!


「あ。コレ、意外と車の鍵開いてるんじゃね??」


“ガチャ。ガコォー”


 普通に、無施錠だった車のスライドドアを開け放つ壮亮。

 内側から窓を叩いていた瀕死の少女が、水を得たウナギのように、“ヌルリ”と車外へ垂れ流され、そのまま道路に倒れ込む。


「あ゛あ゛あ゛~……あぁぢぃ~……もう無理ィ……」


「……って、アチッ!? アヅイっての!!(怒)」


 灼熱のアスファルトに、腕やら、太ももやらと、薄着の服装から露出した肌を焼かれ、出来たてポップコーンのように飛び跳ねる金髪の少女。どうやら飛び跳ねる元気は残っているようで、ひとまず安心する壮亮。


 どうやらまだ無事だったみたいで何よりだけど……なんだこの子。変わった民族衣装みたいな薄汚い服装で、しかも金髪。整った顔立ちに、瞳はグリーン。目元は少しツリ目の美少女で、ずいぶんと日本人離れしているよな。

 外国人? じゃあ、車にこの子を置き去りにしたのも、外国人の親?? 品○ナンバーですけどそれは。

 

「クソッ! いったい、なんだってのさ……。ここ、どこ? ていうか、あたし、生きてんのか??」


 そして、なんかこの子、ミ○ウツーみたいな台詞言っちゃってるよ(笑)。

 大丈夫か、本当に。一応、救急車呼んだ方が良いんじゃないか?


「あ……だ、大丈夫……? フヒッww」


 こんなときに何だが、普段の俺はエリートニート。

 妹以外の女の子と、しかもこんな美少女と喋る機会なんて、《99割無い》ので、実は今とても緊張している。

 緊張の余り、つい語尾に気持ちの悪い笑いが出てしまった。


「あんたは……? あたしのこと、助けてくれたん……だよな? ったく……どこのどいつの仕業かわかんねーけど、こんな趣味の悪い牢屋にあたしをぶち込みやがって。マジ、むかつく」


 金髪の美少女が、流暢な日本語で毒づく。口調こそイメージ通りではあるが、見た目と流暢な日本語のギャップが、佐久間少年の萌え心をキュンキュンさせてしまう。


「に、日本語お上手ですね? フヒッwwお父さんとか、お母さんは、き、君のこと置いてどっか行った感じですか? こんな暑い日に車のエンジン切って……」


「……?」


 複雑な表情で眉をひそませ、困惑する少女。ひとつ確かに言えるのは、彼女には《質問の意図が、いまいち理解できてない》ということだろうか。


「あー……あ。あ、あーゆーキャンスピークじゃぱにーず??」


天の声「違う。そうじゃない。色々と、そうじゃないぞ、佐久間壮亮」


「……にーちゃんさぁ。アンタがあたしを助けてくれて、多分気遣ってくれてんだろーなってのは何となく分かるけど、あとは何が言いたいのか、さっぱり分かんねーよ。せめて、普通の言葉で喋ってくれよな」


「あはいすみません」


 早口で少女に謝罪し、赤面する佐久間氏。恥ずかしい。日本語ペラペラの人に、わざわざ喋れもしない英語で話しかけたあげく、日本語でダメ出しされる恥辱。殺せ。いっそ殺してくれメンス。


「……そうか。ここが地獄か」


 少女が、唐突に穏やかでは無いことを口走る。なにゆえ。


「じ、地獄?」


「ああ。まさか、あたしみたいな悪党が天国に行けるとは思えねーしな。この際だから白状するけどさ、あたし、旧市街で鞄をかっぱらってやろうとした相手から返り討ちに遭って、切り捨てられたんだ。隠し刀で、まずは腕と、足と、それから首を――」


「ウッ!? オエ゛ッ……オェェ……ゲェェ……」


 唐突なゲロイン。中二病か何かよく分からないが、物騒な話を始めたかと思えば、みるみるうちに青ざめ、腹の内(物理)を地面にぶちまける少女。せっかくの美少女が台無し……いや、むしろこれはこれで――


 ――いやいやいや!! 二次元の陵辱モノと現実を混同し始めたら、人間失格もいいところだぞ佐久間壮亮ッ!! 俺はクズかもしれないが、まだそこまで堕ちてはいないと信じたい。


 壮亮が、慌てて少女の背中をさする。水っぽい吐瀉物を誤嚥し、むせて咳をする金髪の少女。背中で息をしながら、ポロポロと泣き出してしまう。


「ち、き、しょ……な、ん、で……痛い……? いや……なんで……あだし……生きで……や……死んでる……の……? なに……わがんね……よ……」


 明らかに普通では無く、錯乱とか、混乱だとか、そんな精神状態に陥ってしまっている様子の少女。

 そんな異様な光景を目の当たりにし、どうすれば良いか分からず狼狽える壮亮だが、とりあえずは少女の背中をさすってやり、「よしよし」だとか、「しっかり」だとか、無難な言葉で少女を励ましてやる。


「お、おい……マジで大丈夫か……? 本当に救急車、呼ぶ……?」


「きゅーきゅー、しゃ……? なに、それ……」


「救急車知らないのか? 嘘だろ? いや、そんなわけ無いと思うけど……じゃあもう、直接、病院行こう?」


「びょーいんって……医者か? 無理……そんな金、無い……ゲホッ」


「金なんて、ほんの少ししか、かかんねーだろ! それに、後で、置き去りにした親に払わせればいいじゃん。お前、今、保険証持ってるか?」


「ほけんしょって何……ウザ……さっきから意味分かんないんだけど……」


 なんだこいつ。意味分かんないのはオメーの方ですしおすし。

 このガキ、日本語は通じるのに、話が通じなくてだんだんイライラしてきた。

 冗談半分で、中二病なのかと思ってたけど、コイツ、ガチのヤベー奴なんじゃないのか?

 なら、これ以上は関わらない方が良いかも――


 ――などと、壮亮が目の前の少女に疑念を抱き始め、見捨てようかと迷い始めたところ、突然、少女が突然首を“カクン”と項垂れて、力なく崩れ落ち、動かなくなる。


「うわ!? お、おい! だから言わんこっちゃ無い……お、おいってば!!」


“ぎゅるるるるるる”


「……は?」


「……腹減った。もう無理……うごけねぇ」


 ……なんだこいつ(おこ)。


× × ×


「……ゴミ? いや、炭……?」


「アホか。ゴミとか炭をご丁寧にビニル包装してまで売るコンビニがどこにあるんだよ。おにぎり食ったことねーのか、お前?」


 コンビニの駐車場。日陰になっている場所の縁石に腰掛けた少女が、コンビニ商品の定番であるONIGIRIを怪訝な顔つきでまじまじと観察する。どうやら、とてもそれが食べ物とは思えない様子だ。でも、自動ドアにビビって、コンビニの店内までついて来なかったお前が悪い。ついてくれば、好きなもん一個くらい選ばせてやっても良かったものを。


「おい、にーちゃん。命からがらのところを助けてもらったことは、素直に礼を言わせてもらうけど、あたしが世間知らずのガキだからって、こんな得体の知れない物を食わせようとするのは趣味悪すぎだろ」


「お前……人がなけなしの金で買ってやったものを……。いいよ、いらねーなら俺が食うから返せよ」


「あーっ!?」


 壮亮が少女の手からおにぎりを取り上げる。そして、日本人ならお馴染みである『1→2→3』の手順でビニル包装を剥がし、ツナマヨおにぎりを頬張る。


 うん、美味い。やっぱりコンビニおにぎりの具だと、ツナマヨは外せないな。


 ……ん?


“フンフンフンフン”


 壮亮が、なにやら熱い視線と鼻息を感じる方向へ目をやると、先ほどまで怪訝な顔をしていた少女が、よだれを垂らしながら、食べ物をねだる犬のように、すぐ隣で目を輝かせていた。


「うわ、本当に食いもんなんだ……! なんか、そうやって見ると、めっちゃ美味そうじゃん……? ねぇ、やっぱあたしも食べていい? ねぇ、食べたいなぁ?」


「オフッwwおまwwち、ちけーんだよ!? フ、フヒッww」


 突然の、女子の子犬ムーブに動揺するヒキニート(DT)。『わかった、わかった』と、自分から遠ざけるように、新しいおにぎりを少女へ手渡してやる。


「やったぜ! じゃ、遠慮無く……えんりょ……なく……?」


 初めて来日した外国人よろしく、おにぎりの包装が開けられずに戸惑う少女。苛ついた様子で四苦八苦した末、今にも泣きそうな顔で、ビニル包装の端っこをガジガジと噛み始める。

 そんな少女の奇行を目の当たりして、呆気を取られていた壮亮だったが、ついに見かねて手を差し伸べる。


「何やってんの……?(困惑) ほら、貸してみろ。開けてやるから……」


 壮亮から包装を剥がしたおにぎりを手渡されると、相当待ち兼ねていたようで、躊躇無く齧り付く少女。

 一口。そして、二口。すぐさま三口目で、ペロリとおにぎり一個を平らげる。


「ごくん……。よのなかには、こんなに、うめーもんが……あったのか……」


「そんな、大げさな」


 静かに肩を震わせる少女。引き気味の壮亮。


 この女の子は、一体、今までどんな生活してきたんだ? 日本語ペラペラで品○ナンバーの車に乗ってたくせに、ツナマヨのおにぎりすら食べたことが無いなんて。それに、さっきから言動といい、行動といい……ツッコミどころ満載で、つい笑ってしまう。

 そう、これではまるで――


「まるで、異世界転生してきたラノベのキャラみたいだよな。お前」



「……イ?」


「……イセカイ? TENSE??」



つづかない(たぶん)

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