36.このひねくれたクソニートに神の裁きを

「あいつ、話が長いんだよ。急に現れたかと思えば、初対面のくせに好き勝手に言い散らかして」


「でも、流石にちょっと悪いことをしてしまいましたね?」


「いいんじゃないですかぁ? 別にこっちから頼んだ訳じゃないし、まともに付合っていたら、朝まで続きそうな勢いだったし。逃げて正解かと」


 下層街の大通り。こちらの世界に来てから、時計というものを見た記憶が無いが、おそらく今はもう草木も眠る深夜に違いない。

 それでもなお、眠らない街の人通りは絶えることが無く、大小様々な酒場の店先では、異世界の住人たちが時間など忘れてしまったかのように酒を呷り続けている。クリスティーナたちを追い払った謎の魔法の轟音で一度は静まり返ったはずの街の様相は、実は何事も無かったのではないだろうかと思えるくらいに、元通りだ。


「ふふっ。それは確かに」


 そんな、いつまでも賑やかな街の大通りを《案内人》と、二人で歩く。案内人とはいっても、彼女が道案内してくれたのは、彼女が働く大衆食堂『カワセミ亭』までの話で、そこからは案内も何も無い――なし崩し的展開の多重逃避行である。クリスティーナを筆頭とする『チンピラ三人衆』に絡まれたかと思えば、俺の手から魔法のカ○ハメ波が出て、今度は空から箒で『喋りたがりの魔女っ子』参上と、もうお腹一杯だ。


「あの、ところで……。サクマさんは、お酒って、お好きですか?」


「……えっ?酒ですか?いやぁ……えっと……?」


 俺が、下層街に来てから巻き込まれてしまった一連の騒動について思い返していると、セトメたんからの、唐突で不可解な質問が飛んで来る。

 お酒?いや、まず、ボクは未成年なんですがそれは。そして、おそらくは、あなたも未成年なんですがそれは??

 ……ああ、そうか?もしかして、この世界は、二十歳はたちにならなくても、お酒が飲める法律なのかもしれない。だとすれば、ここは素直に答えても問題は無さそうだ。


「うーんと……俺の故郷の国では、二十歳になるまで、お酒が飲めない法律なんですよ。だから、お酒って飲んだことが無くって。ネルヘルムは年齢制限とか無いんですか?」


「あっ。そうなんですか? ネルヘルム王国全土といわれると、ときに地方の領主様のご意向があるやもしれませんが……少なくとも、ここレムゼルクの下層街や旧市街では、お酒に年齢制限はありませんよ。上層特区とか、貴族街には、お酒のルールがあるとも聞きますが、詳しいことまでは、下賤の私が知る由の無いことです」


「はぁー。なんか色々複雑なんすねー」


「そうですねー。身分とか、そういうのもありますから……」


「……」


「……」


 はい、気まずい空気入りましたー。完全に俺のせいです本当にごめんなさい許して下さい。だって、ヒキニートですよ?? むしろここまでよく頑張ってきた方だと、褒めて頂きたいくらいです。

 完全にプライベートな空間の自室から引きずり出されたかと思えば、いきなり放り出された知らない世界の知らない人たちと、今の今まで必要が無かった社会的コミュニケーションという苦行を強いられ、気が付けば、今や基本的に耐性の無い同年代の女の子と二人っきりで夜の街を闊歩しているんですよ?

 そして、もしかして――もしかすると? 何となく良い感じのその子から、お酒の話題とか振られて、これはもう大人なら、自然と飲みに行くべき流れではないのですか? なんですかこれは。これがトレンディドラマ(死語)ですか。どうすれば? どうしろというのですかボクに。ヒキニートのDTには荷が重過ぎる。リア充爆発しそう。だれかたすけて(切実)。


「へぇー! おめぇ、冒険者かぁ! 俺も若い頃はお前のような冒険者だったんだが……今じゃこの体たらくでさぁ! がははは!」


「いやなに、こっちも昔の話さ。今じゃ、止まり木を無くしたばっかりに、こんな地の底まで落っこちちまった。若気の至りってやつは、本当におっかねぇな。ははは!」


「お! なになにー? 先輩方、元冒険者かぁ? いやぁ、オイラもさぁ、若いときゃあ、まーまーずいぶんと無茶したもんだよぉ! 膝に矢を受けちまったりしてな!」


 話の合う酔っ払い同士の会話を聞きつけ、また話の合いそうな酔っ払いが、同じ屋台にひとりふたりと集まり出す。お互い、見ず知らずの相手だが、共通の話題と、酒の力で意気投合しているようだ。


 ハッ!? そうか、酒か!! 見れば、そこら中の屋台で酒を呷っている酔っぱらいたちは、面識の無い他の客とも楽しげに話している。法律も許してくれていることだし、ここはひとつ、酒の力に頼ってみようじゃないか! 一か八か、まずは、酒に誘う勇気を酒で得ることさえ出来れば、後は野となれ山となれだ! 飲んだこと無いし、正直、結構怖いのだけど、ここはビビってる場合じゃねぇ! 俺はやるぞ!!


 ……エッ!? 『ビビってんなら、さっさと帰り道を送ってもらって、レラんとこに帰ればいいじゃないか』って?? バカヤロウ!! こちとら、どちゃクソ・ド・ストライクの女の子と夜の街で二人っきりだぞ!? 普通にニートしてたら、こんなチャンス、二度と巡ってくるわけないだろ!これを見す見す帰って、枕代わりのボロ切れを濡らしながら寝られるものか! いい加減にしろ!!


 一念発起した壮亮が、イェンの詰まった袋を取り出して、屋台のひとつへと駆けて行く。

 何も言わずに行ってしまうので、面食らって立ち尽くすセトメ。


「しゅ、しゅみません!! お、お酒くだしぁ!」


「あいよ! 何にする?」


「エッ!? アッ、オススメで!」


「はっはっは! ウチは全部おすすめだよ! 何でも揃ってるぜ!」


 いや、今そういうのいいんだよ!! 酒とかよくわかんねーし、ほら、この中世っぽい世界観なら、ワインとか、エールとか、なんか、そういう感じなんだろ?

 『なんでも揃ってる』とか言うけど、お前、ネットで合法麻薬として名高い『ストロングゼ○』とか注文したら、本当に提供出来るんだろうな? あ?


「じゃあ、ス ト ロ ン グ ゼ ○ ください」


 ほーら、頼んじゃったぞい?? お前、何でもあるって言ったよなぁ?


「おっ! 若いのにツウだな! 《ストランク・ズィーロ》だったら、もちろんストレートでいいな?」


「エッ! アッ!? ハ、ハイ……エッッッ!? あるんですか本当に!?!?」


 ハハッ!


 ……


 流石にうせやろ??

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