35.多分、友達少ない

「ええっ!?サクマさん!大丈夫ですか!?わ、私は全然熱くないので、てっきりそういうものかと……!?」


 自分の手中で燃える魔法の炎で火傷した壮亮を前に動揺するセトメ。掌を握りこむと、魔法の炎が消える。


「あはは!バカねぇ、術者が術式に耐性あるのは当然でしょう?でなきゃ、ファイア・ストームなんて唱えた日には、自分が火だるまじゃない」


 魔女が笑う。彼女の言っていることの意味が、何となく分かる壮亮だが、果たして彼の想像通りか否かは、定かでは無いし、何より今はそれどころでは無い。

 『そういうことは先に言え』などと文句を言うにも、自身の無知を認めたようで悔しいのか、黙って魔女を睨む。


「これ、火傷とかに効く軟膏です。ほら、手を見せて下さい。少し染みますからね?」


 火傷の痛みに呻く壮亮の手を取り、懐から取り出した軟膏を塗り込んで看護するセトメ。

 壮亮本人はといえば、されるがまま、自分の手に爽快感のある軟膏が塗られる様子を眺めていたが、気が付くと、視線はセトメの方を向いていた。

 その視線に気が付いた様子のセトメが、頬を赤らめて顔を背ける。すると最早、軟膏のおかげか何か知らないが、火傷の痛みなど、忘れてしまう壮亮。


 脈ありですか。これは、脈ありですね!?まさに怪我の功名なのでは!?


「その軟膏はあなたが調合したの?やっぱり、蜂蜜っぽいわね。薬草は何を使っているの?氷室草の香りはするけど、他にも何種類か使ってる?」


 魔女が壮亮とセトメの間に割って入る。魔女らしく、薬の類に目がないのか、セトメの軟膏に興味津々のようで、勝手に瓶から軟膏を手に取り、壮亮の傷に塗り込んでみたり、鼻でにおいを嗅いでみたりしている。

 

 あっ。あの。胸の、ね?スリットが、ね?その、腕に、おっぱいが、直に、当たっているんですけども??


「……配合は秘密です。勝手に使わないで下さい」


 軟膏に蓋をして懐にしまうと、壮亮から遠ざけるように魔女を押しのけるセトメ。とても不機嫌そうな顔をしている。


「いじわる。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない」

 

「お断りします。これは、一族代々伝えられてきた秘伝の薬なので」


「出たー。やっぱりどこに行っても多いのよね、そういうの。別にあなたは魔法界の人間では無いけど、こっちの世界にもあなたみたいな考え方の人が大勢いるせいで、魔法も、魔術師も、どんどん廃れていくばかりだわ」


 魔女が「べーっ」と、舌を出して嫌そうな顔をする。セトメは黙ったまま、魔女を睨み付ける。


「あなただって、私と同じくらいの歳でしょ?今からそんな風に、古くさい考え方で頑固にしてると、そこの彼だって、気が付いたら愛想尽かして、別の女の子のところに行っちゃうわよー?」


 魔女が、へらへらと、おちゃらけた笑みを浮かべる。正直、えっちだ。


「だからサクマさんは私のそういう人じゃ無いですっ!」

「いやでも漏れはずっとセトメたん一筋でっ!」


「はい?」

「あっはい」


 はいじゃないが。マジで何を口走ってるんだ俺は。


「はいはい。失礼しました。私の知ったこっちゃないから、元の話をしましょう。魔法を使えない非魔術者ナフトのあなたたちでも、私のような魔法使いが魔力を術式で媒介すれば、一時的に魔法を使うことが出来るという話は分かったわよね?それで、さっき私がそっちの男の子に渡した魔道具がコレ」


 魔女が、出会い頭に壮亮へ渡してきた分厚い紙のおふだと同じものを、今度はセトメに手渡してくる。


「触って大丈夫なんですか。これは」


「大丈夫に決まってるでしょう。さっきのは想定外だから。失礼ね」


「あっ……あのぅ……」


 お二人とも、喧嘩は良くないですよ?いや、ボクみたいなニートが遠慮がちに言っても、聞こえないですよね。ハイ。そもそも言いません。すみません。


 魔女が差し出したお札を、渋々受け取るセトメ。


「それは、たった今あなたが発動した炎の魔法の魔道回路ルートを解析する魔法の羊皮紙。魔道回路っていうのは、魔力が流れる経路図みたいなもので、どこから、どんな、どれだけの魔力が流入あるいは流出したのか、その羊皮紙を使って調べることができるの」


 魔女が説明する最中、セトメが手にしているお札に、徐々に、赤紫色のインクが滲み出てきて、複雑な文字や図形が描かれていく。その様子を見たセトメは、先ほどまでの不機嫌そうな表情を緩ませ、羊皮紙を凝視する。


「解析完了ね。でも、読めないでしょ?これは、古代語の一種で、魔法界ではごく一般的な言語なの。待ってて、今あなたたちの言語に翻訳してあげる」


 そう言うと、魔女がセトメの手から羊皮紙を取り上げ、杖の先で羊皮紙の文字をなぞる。すると、羊皮紙の言語が、旧市街や下層街にありふれるネルヘルム王国の公用語へと書き換えられていく。翻訳が完了すると、魔女が再び、セトメへ羊皮紙を手渡す。


「魔形図の方は気にしなくても良いわ。付け焼き刃の知識で読んだって、あまり意味が無いから」


「はぁ。えっと……うぅん……?」


 眉間に皺を寄せ、羊皮紙と睨めっこするセトメ。たまに、羊皮紙をくるくると回してみたりする。

 そして、しばらくすると、羊皮紙から視線を外し、壮亮のことを見つめてくる。


「セトメさん?」


「サクマさん……これ、分かりますか?文字は読めますけど、書いてある内容の意味がよく分らなくて」


 そう言って、羊皮紙を手渡してくる困った雰囲気のセトメさん。

 ふむ……ふむふむ。なるほど、そうか。ここは?ああー……なるほど、そうだよな。

 まぁ、俺には、読む前から分かっていたことなので自信を持って言うが、この世界の文字は、数字っぽいやつ以外、一切読めない。はい。


「ふむ。なるほど。確かに、これは難解ですねぇ(適当)」


「本気?こんな簡単な文章も解読出来ないの?えっ、字は読めるのよね??」


「馬鹿にしないで下さい。文字の読み書きは普通に出来ますから」


「そ、そうだぞ!」


 嘘だゾ??


「ハァーー。仕方が無いわね。じゃあ、説明するけど、要は、魔道回路を読み解くために必要なここに書かれている重要な情報として、まず着眼すべきなのが、魔力の属性と、術式の流派で――」


 ――くどくどくど。


 そこからは、魔女の講釈が延々と続く。そして、気が付けば、そこには魔女以外、誰もいなくなる。


「――って、いうワケね!どう?私の素晴らしく分かりやすい説明で、ここまでは難なくご理解頂けたかしら?じゃあ、次は魔道回路の解析を阻む暗号化魔法鍵エニグマ攻性障壁ファイアウォールについてだけど、これがまたどっちも厄介な代物で……?」


「……どこへ行ったのよ」


 表情を曇らせる魔女。波乱の予感……?

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