31.偽りの修羅場

 額に青筋を浮かべ、俗にいう《激おこ》状態であろうクリスティーナの両脇から、例の屈強な男と不気味な男の二人組が現れる。屈強な方の男が差し出した手拭いで顔の粉を拭うクリスティーナ。使い終えた手拭いを手渡された不気味な方の男は、未だに激辛香辛料のシャワーが効いているのか、使い古しの手拭いで「ずびずび」と鼻をかんだり、すすったりしている。

「セトメたーーさん。ここは俺が」


 自分をかばうセトメの前へしゃしゃり出る壮亮。クリスティーナに何か言い返そうとしていたセトメの口元に二本指を近づけて制止する。当然、キザに気取っているだけで、完全に無策なのだが。


「フッ。どうやら……話し合いの余地は残っていないようですね?」


 完全に無策ではあるが、こういう台詞を言っておけば様になるし、どうにかこの場を納められるような気がして、とりあえず大口をたたく壮亮。意外にも、そんな壮亮の愚行に、セトメは良い意味で面食らったようで「サクマさん、何か策が……?」等と、肩越しに、キラキラとした期待を向けてくる。


「小僧、命が惜しいなら、出しゃばった真似はよせ。こちとら、腕の骨どころか、首までへし折ってやりたい気分なんだ」


 屈強な方の男が、彼もまた、額に青筋を立てながら、にじり寄ってくる。刹那、壮亮が右手をバッと振り上げ、まるで、そこから何か魔法のようなものでも出るかのように、男の面に向け、掌を広げて見せる。すると、まるでそういう筋書きでもあるかの如く、クリスティーナの手下が足を止め、警戒の表情を見せる。


「お前……ッ。まさか、魔法が使えるのか……?」


 使えません(笑)。使えるようなフリをすれば、脅しになるんじゃないかと思って、一か八か、バカみたいな真似をしてみましたが、まさか本当に引っかかるとは思いませんでした。はい。ありがとうございます。


「痛い目に遭いたくないのは、お互い様でしょう?今日のところは、お互い、何もなかったことにして、家へ帰りませんか」


 随分と都合の良い提案を持ちかける壮亮。不敵な笑みを見せ付けてやるが、手と声は震え、冷や汗が頬を伝う。


「ハッタリよ!馬鹿馬鹿しい」

「ハッタリじゃない!馬鹿にすんな!!」


 クリスティーナの核心的な煽りを食い気味に否定する壮亮。このままではハッタリの威嚇が見抜かれてしまうと焦り、まるで魔法を詠唱するかのように、出鱈目な単語を呟き始める。


「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、フラッペ・カナッペ・フラペチーノ……ッ!」


 無害だが、聞き慣れない言葉の響きに戸惑う屈強な男。一応、クリスティーナも警戒はしているようで、険しい表情をして、後退りする。なんともシュールな光景である。


「ア、アネキィ……あいつ、本当に」


「なっ……なにビビってんの!あんな腑抜けたツラのガキに魔法なんて使える筈ないでしょ!」


 ハッタリを疑いつつも、若干の動揺をみせるチンピラ達に向け、壮亮がここぞとばかりに、少年漫画で見慣れた必殺技の構えで奇声を上げる。


「ハァァァァァァァァァァァァッ!!!」

「「「ひっ!?」」」

 

 突如、青白い、ホログラムのような魔方陣が、壮亮の腕の周りの空中にいくつも描き出される。

 白い光と、熱風熱波。“ヒュオンッ”と風を切る音の後に、“バァン、ドドン”という炸裂音。


 チンピラ達の背後の石壁が、強烈な閃光と爆風を伴って吹き飛び、肩車された大人が大手を広げて楽々と通り抜けられるくらいの穴が開く。


 こんな結果を想像していた者はこの場にはおらず、みな呆然と立ち尽くしてしまう。無論、チンピラ達が奇声に怯んだ隙に走って逃げるつもりだった壮亮本人も、必殺術の構えをとったまま、その場に立ちすくんでいる。


「はわわ!?つ……つ、次はないぞ!?」


 動転しながらも、咄嗟の機転を利かせる壮亮。彼の建前としては『次は脅しでは済まないぞ。強烈な魔法の一撃を食らわせるぞ。早々に立ち去れ』なのだが、実際のところは『次は魔法か何か知らんけど、同じことが出来るかどうかわからないぞ。そもそもワタシ魔法使えないアル。はやく帰って』なのである。


 どうして、こうなった。

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