32.ハ・ワ・ワ・ワ・ワ

 下層街の入り組んだ路地裏。

 この、巨大ドームのような空間に広がる地下歓楽街では、たとえ人気の無い路地裏であっても、酔っ払いの大声や、グラスの割れる音などが織り成す歓楽街の喧騒がドーム内で反響し、独特の騒音となって響き渡っていた。

 しかし、そんな下層街の喧騒はどこへ行ってしまったのか、今は不気味なほどに静けさが漂っている。

 そして、おそらくは、たったいま路地裏で発生した魔法の轟音について、人々がざわめき始め、それらがドーム内で反響して夜霧のようにざわざわと漂い出し、静けさを掻き消していく。

 

「ひぇっ」


 クリスティーナの手下のうち、のっぽでぎょろ目の不気味な男が腰を抜かして、地面に座り込んでしまう。

 チンピラたちの頭領であるクリスティーナは、生気の無い顔をして壮亮たちの方を見据えたまま、自分と同じく呆然と立ち尽くす屈強な方の手下の肩を拳で突いてみる。 


「アネキ。いきなりイテーです」


「フランシス。アンタ、生きてるわよね?」


「ど突かれてイテェってことは、どうやら生きてるってことみてぇですなぁ……」


 クリスティーナがフランシスと呼んだ屈強な男は、頭を掻きながら、自分たちの背後の壁にぽっかりと開いた大穴をおずおずと観察する。

 頭に被ったバンダナで半分くらい影になっている目元の片側が、きょろきょろ、ぱちくりと、せわしなく動いている。


「あの壁……本当に俺が……?」


 フランシス以上に、高速で瞬きを繰り返す壮亮。

 咄嗟の機転を利かせて、まるで自身が攻撃魔法の類を使えるかの如く虚勢を張り続けてみたものの、実際のところは、何が起きたのか理解できていない部分がほとんどなのである。

 だって、誰も本当に『魔法のカOハメ波(仮)』が撃てるだなんて、思ってなどいなかったのだから。


 ……


 そう。俺は。


 不肖、佐久間壮亮は、思いもよらず、こんなところで覚醒してしまったのだ(迫真)。

 

「ヘっ。さてさてぇ?」


 不敵な笑みを浮かべる壮亮。

 最早、自分自身が何らかの能力に覚醒した前提で、自信満々、三歩前へしゃしゃり出て、得意げに自分の掌をかざして見せびらかす。 


「俺を怒らせちまったなぁ、下層街の悪党気取りだか、ゴクドー気取りだかの皆様ぁ?どーするよ??今のをもう一発、お見舞いされたくなかったら、さっさと退散するこった。次は脅しじゃ無く、本当に当てるぞ」


「クッ……アネキ、これは本当にヤベーかもしれません……!」


「ハ、ハッタリだってば!きっと、私たちが来る前に、魔道具か、火薬か何かを仕込んでいたのよ!」


「そ、そうだっ!アイツ、さっき『はわわわ』とか言って、自分で使った魔法に驚いてたで――」


「ハ・ワ・ワ・ワ・ワ・ワ・ワ・ワ・ワワワッ!!!」


 突如、壮亮がカOハメ波の構えで、野太い奇声を発する。ギョロ目の手下の鋭い指摘から逃れようと、必死になった結果である。

 それを見たクリスティーナたち三人組は、文字通り飛び上がって驚愕し、悲鳴を上げながら一目散に逃げ出していく。見事なまでに、壮亮の目論見通りである。


「お、覚えていなさいクソガキどもっ!次は、ただじゃおかないからね!?」


「テンプレ乙!こっちも、衛兵に通報しますからねー!」


 頼りになるかどうかは疑問だが、スケアクロウのおっさんに通報しておいても損はないだろうと思う壮亮。


 ……あ。いや、待てよ。もしも通報したら、壁に大穴開けたのが俺だとバレてしまうじゃないか……。そうなれば、罰金か、もしくは投獄みたいなことにもなりかねないのでは。もうあの地下牢で、例の中ボスに気を遣いながら過ごすのだけは、絶対に嫌だし、やっぱり黙っておこうかな。

 

 そもそもですね。やっぱり俺みたいな異世界初心者プレイヤーが、低レベルの状態でこんな物騒な場所まで来てしまったのが間違いだったんですよ。下層街の掟だか何だか知らないけれど、冗談じゃ無い。こんなところに居られるか。俺は上に帰るぞ。そして金輪際、下層街の深部にさえ近寄らなければ、あのチンピラ三人衆に絡まれることもないだろう。うん。


「サクマさん、サクマさん」


 背後から、誰かが両肩をぺしぺしと叩いて壮亮の名前を呼ぶ。

 思い出したように壮亮が振り向くと、勿論、そこに居るのは、下層街の腕利き料理人見習いで、ふわふわ栗毛のボーイッシュ系美少女セトメたんである。

 腰の後ろで手を組み、ゆらゆらと左右に身体を揺すりながら、上目遣いで壮亮のことを見つめてくる。その表情は、ちょっぴり紅潮して、目元がキラキラしている。


「あの。なんと言いますか。正直、理解が追いついていない部分が多すぎて、なかなか混乱しているのですが……。何はともあれ、助けて頂いてありがとうございます」

 

 セトメが、ぎこちなく、深々と頭を下げてお辞儀をする。どうやら、レラの家の前で、壮亮が彼女に向けて最敬礼したのを真似ているらしい。腰の後ろに手を組んだままなのは、ご愛嬌。


「あー、いやいや!当然のことをしたまでで……とか、言っちゃって?フヘッw」


 壮亮が、慌てて、ニヤついた顔を見られないように、セトメから面を逸らして、片手でわしゃわしゃと頭を掻きむしる。


「まさか、サクマさんが魔術師だったとは、驚きです。実は私、小さいときに魔法使いとか、そういうことに憧れていて――」


「あーー!いやいやいや!その件については、俺自身も、よく分かってないのが本音というか!そもそも、

さっきのカメハm……もとい!魔法みたいな術は、俺の意志で撃ったものでは無くて――」


「あっ、そこは大丈夫ですっ、分かってます……!ネルヘルム王国も例外ではありませんが、多くの国では、市街地でみだりに強力な魔法を使うことは禁じられていますから、ねっ……?」


 鼻先に指を当て「しーっ」っと、ずる賢そうな目配せしてくるセトメ。どうやら、壮亮が魔法で壁に大穴を開けた件については、内緒にしてくれるらしい。


 いや、あの……そうなんですか?確かに、こんな強力な魔法を街中でバカスカ撃つことを合法化しちゃったら、色々とマズいだろうから、禁止されていても、おかしくは無いですよね。そんな違法行為も二人だけの内緒にしてくれるセトめたんマジ天使。いや、小悪魔系天使?だろうか。

 でも、俺が言いたいのはそういうことでは無くて、そもそも――


「そもそも。さっきの魔法は、その子が自ら生み出したわけじゃないと思うわ。体内の抽象的魔力を消費して、エネルギー化させる攻撃魔法なら、あんなに仰々しく魔方陣が可視化されたりはしないものよ」


 ……


 誰だ今の。

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