24.真夜中の訪問者

 ×  ×  × 

 

 異世界で迎える二回目の夜。

 今宵は、湿っぽくてゴツゴツした牢獄の石畳では無く、ダンボールハウスよりはまだマシな、コソドロ少女の巣穴で横になる。


 横になって、どれくらいの時間が経っただろうか。

 先ほどまで悪態をついていたレラは、俺の背中にひっついたまま、「すぅすぅ」と気持ちよさそうに寝息を立てており、小屋の外からは、下層街の地下通路を吹き抜ける風の音が聞こえてくる。

 意外と、人の出入りもあるようで、時折、旧市街の酒場あたりから下層街へと帰ってきたのであろうアングラな住人たちが、上機嫌で談笑しながら通路を通り過ぎる足音も聞こえる。

 

 そんな下品な酔っ払いたちが大声で話すこといえば、やれ賭けでイカサマ勝ちしただの、拾った財布の中身をくすねただのと、いかにも、ロクでナシな会話ばかりである。

 中には、多感な年頃の佐久間壮亮氏――つまり、俺にはいささか刺激が強く、横になっていなければおそらく前屈みになってしまうであろうモーレツな話題も聞こえてくる。

 

 ふむ、そんなモーレツな話題からも、この異世界に関して読み取れた貴重な情報がある。

 それは、この理不尽な世界でも『おっぱいという概念は正義である』ということだ。人類万歳。

 

「そういや聞いたか!ルドルフが、また死にたい奴を募ってるらしいぞ!」


 酔っ払いたちの下世話な話に感化され、夜の異世界のグラマラス美女の妄想と、幸か不幸か、背中から感じる異性の身体の温もりに、後ろめたく悶々と鼻息を荒げていたところ、聞き覚えのある名前の男の話題で我に返り、再び酔っ払いたちの会話に注意を向ける。


「なんでも、レムゼルクから程遠くない遺跡の埋蔵金だか、お宝だかを狙ってるんだとよ」


「お宝ってかい。そりゃまた、どんな?」


「ガッハッハ!知らん!でもな!そりゃもう、どえらいお宝だって話だぜ!」


「へぇ!だからって、ここ掘れワンワンでお宝ザクザク、はい、めでたしめでたし……なーんて、ヌルい話じゃあないんだろうがな」


「ああ!どうせ、必死こいて掘った穴が、実は手前の墓穴で、お目当てのお宝も埋蔵金ならぬ《埋葬品》でしたぁ!ってオチに違いねぇ……ガッハッハ……」


 酔っ払いたちの陽気な会話が、遠くなる。

 どうやら、例のルドルフとかいう男は、現在、遺跡か、財宝か何かの発掘で人材を募集をしているようだが、やはり、レラの言っていた通り、彼の仕事は一筋縄ではいかないらしい。


 しかしどうだろう?話だけでも聞いてみるのはアリかもしれない。

 もしも話を聞いてみて、たとえば異世界のモンスターだらけの遺跡が目的地だったとすれば、断れば良いのだから。


 とはいえ、ルドルフという人物がどんな性格なのか、現時点では、スケアクロウ曰く『いけ好かないオヤジ』であるということ以外は、俺に知る由は無い。

 まぁ、少なくとも、さっきの酔っ払いが、ルドルフが人員募集中だという依頼内容の話をしていたのだから『話を聞かれた以上、仕事を受けないのなら死んでもらう』みたいな、口封じ的展開は無いと思うのだが……。


「もっと情報がいるよなぁ……」


 天井のキノコランプをぼんやりと眺めながら、壮亮が呟く。

 ルドルフに関しての情報を含め、明日はとりあえずまた旧市街に上がって、この世界に関する情報収集をしてみようかなどと、思案にふける。

 そこで、隣のレラが、言葉にならない寝言を言い放ちながら、寝返りを打つ。

 不幸なことに、予想通り壮亮の顔面をレラの腕が強打する。

 「ギャッ」と声を上げ、鼻を押さえながら、上半身を勢いよく起き上がらせる壮亮。


「こんのぉ~……!まるでテンプレみたいな寝返りパンチ食らわせやがってぇ」


 こちらの、腹立たしいことこの上無い気持ちとは裏腹に、気持ち良さそうな寝息を立てているレラ。実際、俺自身も、相当疲れているはずではあるのだが、明日からの考え事やら、現実世界から未だに引きずっている空腹感やらで、あまり眠気が誘ってこない。


「って……あれ?」


 するとどうしたことか、掘っ立て小屋の扉が勝手に“ギィ……”と開いたことに気が付く壮亮。

 風で開いたのだろうかと、扉を閉めようとしたところ――


「レラ?大丈夫ですか?すごい声がしましたけど……」


 女の子と、目が合う。

 小屋の扉のところで、相手のおでこと、壮亮のおでこがぶつかりそうになるくらいの距離で、不意に睨めっこが始まる。


「……あっ」


 先手――女の子の方が、何かを察したような声を上げ、扉をそっと閉じる。絵に描いたような《そっ閉じ》である。

 

「す、すみません、ノックもせずに。まさか、その……レラに《そういう人》がいるとは知らず」


 よし。どこの誰かは知らないが、完全に誤解ですよそれは。

 話を聞いてくれ。


「違う!待ってください、話を聞いて……!」


 慌てて壮亮が小屋の扉を開き、《玄関っぽいところ》から表に這い出ようとする。

 例の壁が薄くなっている部分の板が“ベキベキ”と音を立てる。


「おい!!」


 さらに、小屋の中でレラが声を張り上げる。“ギクリ”として、更に慌てふためいた壮亮が、盛大なヘッドスライディングをしながら、小屋の外へ滑り出る。


「むにゃ……てめぇ、あたしの獲物を横取りしよぉってんならお見舞いするぞぅ……ぐぅ……」


 寝言かよ!テンプレ天国だな!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る