23.分け合う二人
勝手に毛布を掛けてやったことについて、レラから何か文句を言われるかと身構えていた壮亮だが、意外にも、彼女からは特に何の反応も無く、小屋の中は静寂に包まれていた。
しかし、しばらく経つと、若干、自分の方に余っていた毛布が、遠慮無く背中側に引っ張られていく感覚に気が付き、余っていた部分以外まで、“グイグイ”毛布を持っていかれそうになったので、毛布の端っこを掴んで抵抗する壮亮。
……
背中に、じんわりとした人の温もりを感じる。
毛布は十分足りていて、レラの、《鼻をすする感じ》が、身体の後ろ側からダイレクトに伝わってくる。
ふむ……この状況は、とても心がムズムズするな。
「……おい、ソースケ」
「な、なんだよ……」
「お前、家族は?」
背中側から、唐突な質問。答えに詰まる壮亮。
まさか《家族はいるが、この世界にはいない》などと、答えられるはずもなく。
「……家は遠い場所にある。事情があって、もう帰ることはできないかもしれないけど」
「なんで?勘当でもされたの?」
「まー、そこんとこは聞いてくれるな。でも、家族の仲は悪くないよ。父さんと母さん、妹がいる」
「ふーん……。妹って、いくつ?」
「今年から高一……あ、いや。今年で十六歳」
「へー。あたしのひとつ下か」
んんん?一瞬、耳を疑う。うせやろ。
妹のまひろと、レラが二人並んだ姿を想像してみるが、どう考えてもうちの妹の方が姉ポジである。
お前は絶対、駅の改札で“ピヨピヨ”鳴かれても、一応、駅員に二度見されるが、ギリギリ声までは掛けられないルックスだろう。
何も言わないでいると、肩越しに、誰かが横顔を睨み付けてくる視線に気が付いて、ビクッとしてしまう。
「あたしがそんなに幼く見えるか、コノヤロウ……」
「な、何も言ってないだろ……」
「雰囲気と、顔に出てんだよ。確か、初めてアンタとツラ合わせたときもそうだったよねぇ……?」
はい。それはおそらく出てました。ロリコンだから仕方ないね。
不機嫌そうに、大きなため息をついて元の位置に寝そべるレラ。
どさくさに紛れて、肘で俺の背中を強めに小突く。痛い。
「いてぇな……。そういうお前の家族はどうなんだよ、レラ」
「アタシ?」
……しまった。
そんなもの、分かりきったことじゃないか。
旧市街警備所の牢屋に投獄されていたとき、あえて一度は遠慮した質問を何故今更、横柄にも口にしてしまったのか。
俺は、佐久間壮亮は、引きこもりのクソニートだが、わりと他人の顔色が気になる善良な小心者でもあるのだ。
しかし、そんな小心者の心配を余所に、レラはあっさりと身の上を語り出す。
「アタシに家族はいない。物心ついたときにゃ、家も親兄弟も無くて、ゴミを漁ったり、店先の食い物をかっぱらったりしながら慎ましく生きてたさ。ハナタレが治った頃から、得物を使ってソースケみたいなカモから金目のモンをタカるようになってたっけなぁ」
壮亮の懸念に反して、自身の身の上を饒舌に語るレラ。
その声色は、意外にも明るく、楽しげだ。
「とはいえ、アタシだって木の股から生まれたワケじゃあない。顔も知らねー親父とお袋がどっかにいるんだろーから、もしも会えたら…《いしゃりょー?よーいくひ??》よくわかんねーけど、今まで苦労した分、たんまりとタカってやるさ!」
彼女らしい考え方には、異論も違和感も無いのだが、杞憂があっという間に過ぎ去った事実に感情が追いつかず、口を半開きにしたまま、何も言えない壮亮。
勝手に置いてきぼりになった彼を気にもとめず、レラがあっさりと話題を切り替える。
「ところでアンタ、これからどうすんの?今日のとこは、しょーがないから泊めてやっけど、あたしだって、いつまでも狭っ苦しく、ここでアンタとくっついて寝るのはご免だよ」
「んん……そりゃまぁ、どうにかはするつもりだけど……」
どうにかするとはいったものの、今の自分自身にある選択肢といえば、スケアクロウの提案くらいなものだ。『仕事が欲しければ、下層街にいるルドルフという男を訪ねろ』という汚職公務員からの提案。
そんな、どこぞの馬の骨というか、どこぞの猛獣の鉤爪とも知れない人物に会いに行くなど、非常に気は進まないのだが……。
「ルドルフとかいう奴に会えば仕事がもらえるって……《噂》で聞いたから、明日はそこに行ってみようと思う。お前、知ってるか?」
不安が声色に露呈しないよう気を張りながら、レラに探りを入れてみる。
「あー、ルドルフかぁ……。まー、アンタが良いってんなら止めはしねぇけどさぁ……」
レラの口調に、強い不安を覚える壮亮。
あ。これやっぱりダメなやつだ。
「な、なんだよ……。ルドルフって奴のとこの仕事は、あんまり良くないのかよ……?」
「いや、稼ぎはデケーかもしれないけど……なんていうか……基本、難しい案件ばっかなんだよなぁ……。例えば、いつ噴火するか分からない火山の洞窟での鉱石採取とか、魔物と悪霊だらけの墓場の盗掘だとか……」
「なにそれこわぁい」
あの。それは、ゲームクリア後の裏面とか、エクストラ要素で攻略するようなクエストでは??
「お宝たくさん隠し持ってるからって、奴隷ばっか買い漁ってる拷問が趣味の貴族の屋敷に忍び込んで来るなんていう仕事も聞いたことあったっけ!ありゃあもう、死にてーヤツの募集広告みたいなもんさね!」
壮亮の表情が、引きつる。
そんな壮亮の表情とは対照的に、レラがケラケラと軽く笑う。
「お前、まさかルドルフって奴の依頼を受けたことあんのか……?」
「ハッ!だとすれば、今頃あたしは地獄の釜で、ぶくぶく茹でられてるだろーね。ルドルフのおやじは鑑定ができっから、戦利品を見てもらうことはよくあるけど、直接仕事を引き受けたことは無い。てか、正直無理さね。ちなみに、おやじのとこの仕事を引き受けてたアタシの知り合いの奴は、もう長いこと姿を見てない」
oh、やっぱりレベル足りてねーじゃねぇか。ムリゲーすぐる。
《ちょっとした深刻な絶望感》に、青ざめる壮亮。
『まぁ、仕事くらい他にいくらでもあるだろう』と、前向きに考えてみようと努力してみたりするが、ハッキリ言って、コンビニのレジ打ちすらしたことの無い世間知らずのエリートニートに勤まる仕事が、この世界にあるようには思えないから困る。
「……レラさん?」
「あ?」
「わりと……わりとしばらく、こんな俺を泊めてくれたら……それはとってもうれしいなって」
「……ウッザ。なんか無理」
「そこをなんとか!掃除洗濯くらいなら出来ますから!」
横になったまま両手を合わせ、目をギュッと瞑る壮亮。
別に敬虔な仏教徒でもないくせに。
「うんとねー。じゃあ、そんなことよりー?一日につき、千イェンくれるなら、いーよ?」
その結果、甘えたような、だみ声を出すレラにタカられる。
「は?高くね?」
「は?ふざけんな、旧市街の安宿だって、最低一泊二千イェンくらいすんぞ。やっぱ千八百イェン。明日からな?」
レラと壮亮が、ドスの聞いた囁き声で、ぐちぐちと陰険な口げんかを始める。
ほの暗く、薄ら寒い下層街の巣穴で、同じ毛布を被り、背中と背中で温もりを分け合いながら。
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