21.メインクエスト

「悪い!遅くなった!」


「いや、本ッ当におっせぇから!!髪のナゲー女ですら、ここまで長風呂しねーぞ、アホンダラ!!」


 モノクロア温泉ののぼりの前で、ペコペコと平謝りする壮亮と、前のめりになってブチ切れ気味のレラ。

 辺りは既に日が落ちて暗く、二人が来たときと比べて人通りも少ない。


「いやぁ。つい気持ち良くって、寝落ちしちゃったんだぜ?テヘペロ☆」


「『たんだぜ?テヘペロ☆』じゃねーよ!?どんだけ待ったと思ってんの!?マジあり得ない!」


「キーキー」と喚くレラを宥めながら、『ああ…コレ、周りの人からはカップルの喧嘩っぽく見えてんのかなぁ』などと、鼻の下の伸びる妄想をする程度には余裕のある俺。

 実は、さっきから気が付いてたんだけど、レラの奴、風呂に入って小綺麗になると、もはや薄汚れてすらいない、ただの美少女なんだよなぁ……。

 

「ん!」


 金髪のチビ美少女が、俺を睨み付けながら掌を差し出してくる。


「あ?なんだよ」


「お詫びの気持ちに、飲みモンくらい奢れよな?瓶入りレモン水買ってくるから五十イェン」


 ああ、そうかいそうかい。五十イェンのレモン水程度で怒りが収まるのなら、くれてやろうじゃないか、お嬢ちゃん。

 小さく、鼻でため息をついた壮亮が、財布から百イェン銀貨を一枚取り出し、無言でレラに差し出す。


「……何。二本買っていいの」


「いや、俺にも一本」


「無理。自分で買えば?」


 壮亮の手から銀貨を毟り取ったレラが、ツンとして、自分のレモン水を2本買いに行く。

 

「いや!?俺のカネだろうが!!」


 温泉の前に出ている屋台でレモン水を買ったレラが、戻ること無く、そのままどこかへスタスタと歩いて行ってしまうものだから、それを慌てて追いかける壮亮。

 

 待ってくれ、俺の第一村人っ!


 走って追いかけ、今まさに追いつこうというときに、レラがくるりと振り向き、レモン水の瓶を一本投げつけてくる。


「うわ!?あっぶねーな!もしも落として割ったら、もったいねぇだろ!」


「いいじゃん、落とさなかったし。それ、あげる」


「だから、俺の金だってば……」


 気に食わないが、ひとまずは自分も喉が乾いたので、瓶のコルク栓を引き抜いてレモン水を口にする。

 

 ……うーん。


 なんていうか……ぬるくて、苦酸っぱくて……あんまり美味しくない。


「ところでアンタさ。着替えなんて持ってたっけ?」


 ここで、レラが、壮亮の服装が、ウジ虫グレーのスウェットから、異世界の住人たちと同じような服に変わっていることに気が付く。


「え、あ……ああ!も、もちろん!折角風呂に入っても、着替えないとクサイまんまだろ?あははー……」


 そう。クサイのは嫌なので、ちょっと脱衣棚に置いてあった新品っぽい服一式を《借り》ました。

 今頃、温泉の脱衣場で慌ててる人、ごめんなさい(笑)。


「ふぅん……ま、どうでもいいけど。あたしも、クサイ奴を家に上げたくねーしな」


「いやぁ、助かったよ。お前がいなかったら俺は今頃、冷たい地面で横になってただろうな」


「先に言っとくけど、ウチ、何にも無いからな。寝るとこは分けてやるけど、ホントにそれしか無い」


「ああ。それで十分だよ。とりあえず、この街に居場所が無くて困ってんだ」


「……居場所なんて、どこにもねーよ」


 待ちぼうけを食らったレラの怒りも収まったのか、特に何を話すわけでも無く、ただ静かに人気の無い旧市街の道をまっすぐ進んで行く。

 昼間の雰囲気とは打って変わり、道行く人も、道端の行商人の姿も無い旧市街の表通り。

 ほとんど灯りらしき灯りも無く、まばらな松明の灯と、酒場らしき店舗の店先だけが明るい。

 

 そうして、しばらく歩くと、枯れた噴水のある寂れた広場に辿り着く。

 すると、噴水の手前でレラが歩む方向を変え、狭い路地へと入ろうとする。


 デジャヴ。身構える。


「おい、レラ。まさか、お前……やっぱりまた俺のことを路地裏で――」


「うっさい。しつこい。バカ」


 未だ心にトラウマを残し、大げさに怯えてみせる壮亮を冷たく一瞥した後、レラが懐から緑色の綺麗な石を取り出し、手の上で「ふぅっ」と、優しく吐息を吹きかける。

 すると、不思議な緑色の石は、自らほんのりと光を放ち始め、ほとんど真っ暗な路地が薄ら照らし出される。


 おお……!なんだか異世界ファンタジーっぽくなってきたぞ。

 と、無駄に気分を高揚させる壮亮。


 「足下に気を付けな。この辺りは、苔まみれだから」


 地面のところどころに苔の生えた路地を進むと、やがて、左手に錠前の壊れた門が見えてくる。

 レラが門を開けると、警備所の門よろしく耳の痒くなるような不快音が“キィィィィ”と鳴り響き、壮亮が通り過ぎた後、また同じ音を立てながら、最後は“チャリン”と、門の大きさに対しては情けのない音を立てて、閉まった。


 門の先には、一面が苔で覆われた階段があり、そこを下って行くにつれ、頬に風の流れを感じる。

 

 あれ……?


 なんだか見覚えの……というか、聞き覚えのあるような景色だな?


 ここで初めて、釈放されたときに、スケアクロウの言っていたことを思い出す。


「あっ……」


  枯れた噴水のある中央広場。

 そこから西側の狭い路地。

 錠前の壊れた門。

 苔まみれの階段。

 

 そしたらそこが……


「ここから先は、あたしみたいに、ちょいとばかし後ろめたいことのある連中がねぐらを構える場所さ。旧市街の下にあるから、そのまんま、人はこう呼んでる――」


 背筋が、ゾッとした。


 ひとまず、来るつもりも無く、来たいとも思っていなかった場所


「―― 下層街 ――」


 何かに誘われているとでもいうのだろうか?

 さしずめ、さっきの温泉がサブクエストで、こっちの下層街がメインクエストってわけですかい?


 どんなルートで寄り道しようとも、避けては通れない確定ルート。

 そうだ。きっと、これは何かのイベントフラグに違いないと、俺のゲーム脳が囁いている。いや、囁くのよ。


 でも先生。俺、攻略レベル足りてますか……?(困惑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る