18.クズの恩返し

 ×  ×  ×


 釈放されてから、どれくらいの時間が経っただろうか。最早、カラスの鳴き声と、夕暮れの気配を感じる。

 旧市街警備所の近くを目的も無くウロウロしてみたり、近くにある橋の欄干にしばらくボーッと腰掛けたりを繰り返していたが、流石にずっとこうしているわけにもいかないだろうと、再び重い腰を上げる。


 これからどこで何をしようか。

 結局、牢獄の質素な朝飯しか食べていないから腹も減ったし、地下牢の湿気にやられて体中がべとべとするのも気持ちが悪い。

 こんな時、ロールプレイングゲームだったら、宿屋あたりに行くのが正解だろうか?

 レラの奴がいれば、そういう場所まで案内してもらえただろうけど、さっさとどこかへ行ってしまったし……。


「なんだ、まだこんなとこにいたのかよ」


 自然と、聞き覚えのある声がした方に顔を向ける。その先で、頭の後ろで手を組んだレラが、ウロウロしながら道ばたの石ころを手当たり次第に蹴飛ばしている姿が目に入る。

 

「お前……どこ行ってたんだよ」


「あ?あたしがどこへ行こうと、あたしの勝手だろ。てか、何時間前の話してんだよ」


「……じゃあ、何しにこんなとこ戻って来た」


「は?別に戻ってきてねーし?たまたま通りがかっただけだし。まさか、アンタがまだこんなところにいるなんて思ってなかったから、その辺ブラブラしてたけど、全然見かけないし、たまたまもう一回来てみたら……ごにょごにょ」


「……それって、俺のこと探してたの?」

「ハァー??違いますぅー。なーんであたしがアンタを探さなきゃならないんだか」


 レラが、壮亮には目もくれないまま、何も無い地面をゲシゲシと蹴る。

 壮亮は、レラがどういうつもりなのか理解に苦しみながらも、顔見知りとの再会に、少しホッとした顔で溜息をつき、頭を掻く。 


「うーん……なんか、よくわかんねーけど……。まぁ、ちょうど良かったわ。お前、この辺にある宿屋を知らないか?できるだけ安めのところで」


 レラが地面を蹴るのをやめて、ちらりと壮亮に目をやる。


「……泊まる場所が無いんなら、ウチくる?」


 ……


 は?


 マジで?


 いやいやいやまてまてまて。

 その発言には、色々と突っ込まなくてはいけないことが多すぎるだろ常考。

 

「いいや待て。お前、また俺のこと騙そうとしてんじゃないだろうな?」


 とりあえず、一番の不安と疑問をダイレクトにぶつけてみる壮亮。

 それに対し、ムスッとしたレラが、頭の後ろで手を組んだまま、どこかへふらふらと立ち去ろうとする。


「ウッザ。嫌なら来んな。さよーなら」


「いや、そうじゃなくて!!昨日の今日で、お互いに信用できる間柄じゃないだろっていう疑問がだな!?」


 立ち去って行くレラを慌てて追いかける壮亮。ビーチサンダルの先が、曲がってはいけない方向に曲がり、コケそうになる。


 正直、これから先どうなるかもわからない今、コイツの家に転がり込んで宿代を節約できるのは、願ったり叶ったりだ。願わくば、二つ返事で転がり込みたい――

 ――が!如何せん、知り合った経緯が経緯だけに、そう簡単に受け入れられる話でも無いんだよな……。


 苦虫を噛潰しながら、犬のウ○コを踏んづけたような顔をする壮亮。


「だから、嫌なら来んなって。あたしはただ……さっさと罰金の借りを返しちまいたいって思ってただけだし」


「借りって……お前……」


 あれ……?ひょっとしてこのコソドロ、意外と義理堅いタイプなのか?

 

 長年の萌豚経験を経て、壮亮に搭載された《ツンデレーダー改二」》が反応する。

 

 やっぱり、コイツ……俺を探してたな?罰金の礼をどうしようかと考えながら。

 いるいる、こういうタイプのキャラ。口と態度では生意気ばっかいうクセして、意外と義理と人情に厚い、猫と柴犬の中間みたいな感じのハイブリッドツンデレだ!

 ※ただし二次元に限る。


「でー?来んのー?来ないのー?」


 壮亮に向き直ったレラが、怪訝そうな顔つきで、イライラしているような声を出す。

 

「本当に、いいのか?」


「あ?ダメなら言わねーよ、バーカ」


 相変わらず、いちいち腹立たしい態度と物言いである。

 だけれど、不思議と今は、それがとても心地が良くて安心する。


「ふふっ……。じゃ、お邪魔しますわ!」


 レラと同じように頭の後ろで手を組んでから、くしゃっと微笑んでみせる壮亮。

 それを見たレラが、ピタリと動きを止めて、複雑な表情をする。


「え……あ……うん……いいけど」


 なんだかんだ、色々あったけど、今じゃコイツがこの世界で一番親しみを持てる相手だ。

 そんなヤツに泊めてもらえるなら、現時点でこれ以上心強いことは、無いだろう。

 あと、可愛いし。黙っていればな。


「……いいけど、お前、臭いから風呂屋で着替えてからじゃねーと、ウチには上げねーぞ?」


 鼻を摘まんだジト目のレラが、壮亮を掌で扇ぐ。

 壮亮のガラスのハートにひびが入るとともに、地下牢では、あの場所自体が臭すぎて気にならなかっただけで、今や自分の身体から同じ異臭が漂っていることに気がつく。


「く、臭いとか言うなよ!お前だってさっきまで同じブタ箱にいたんだから同じだろ!?」


「はぁ!?いや、あたしは別に臭くなんか……」


 レラが、慌てて自分の体臭を気にし始める。

 正直、別に俺は気にしていなかったのだが、表情を曇らせているあたり、彼女なりに思うところはあるのだろう。


「……泊めてやるから、あたしの分も風呂代出せよな」


 そうして、俺とレラの取引は成立し、一度着替えを取りに帰った彼女の帰りをここで待つのであった。


 ×  ×  ×


「はぁ?お前、まだいたのかぁ?」


「へ?」


 レラが帰ってくるよりも先に、聞き慣れた声其のニが聞こえた方向に、自然と顔を向ける。

 顔を向けた先で、相変わらずやる気のない表情の、風呂桶を抱えたスケアクロウと目が合う。

 夕日を背景に、浮かび上がった衛兵殿のシルエットは、やはり老人のように腰が曲がっている。


 あ。この人、絶対今から風呂行くとこだ。

 仕事終わって、直行だ。


 『しまった』という顔をして、壮亮から顔を背けるスケアクロウ。知らんふりをして、立ち去ろうとする。


「あれ……。お前、誰だっけなぁ……」


「俺も後から行きますね?風呂屋」


「エッ!?」


 このやる気の無い衛兵が、今までで一番機敏に首を動かすのを見た。

 そして、なんか“グキッ”という鈍い音が聞こえた。

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