16.面影

 レラの何気ない言葉に、傷付き、深い自己嫌悪に陥る壮亮。

 しかし、ふと隣のレラに目をやると、自分以上に深刻な面持ちで、どうやら落ち込んでいるようで、壮亮の意識は再び彼女へ向く。

 

 ……コイツは、昼間に狡猾なやり口で俺からカツアゲをしようとしたクソ生意気なメスガキと、間違いなく同一人物なのだろうか。

 彼女の横顔には、先ほどまで俺と取っ組み合いの喧嘩をして悪態をついていた頃の覇気は無く、捨てられた子犬のような哀れみを感じさせる憂いすら漂わせている。

 

 …………


 ……


 ふと昔のことを思い出す。


 小さい頃、妹のまひろと、道に迷ったことがある。

 家族で田舎のじいちゃんのところまで遊びに行って、二人で近くを散策しながら遊んでいたときのことだ。

 虫取りをしようと、裏山の森まで出かけた俺とまひろは、迷って森から出られなくなってしまった。


 そしたら、急に空が暗くなって、雨が降ってきた。


 俺は、怖がって泣いているまひろの手を取り、あてもなく森の出口を探して回った。

 途中で転んで泥だらけになったまひろをおんぶして、森の中を必死に走った。


 ずぶ濡れになって、俺も転んで泥だらけになって、それでも出口は見つからなくて。

 疲れてもう歩けなくなりそうだったとき、ちょうど子供が2人くらい入れそうな窪みのある大きな木を見つけたんだ。


 俺とまひろは、木の中で、寒さと怖さに震えながら、雨宿りをした。


 あのときの、まひろの顔は今でも覚えている。


『お兄ちゃん、お願い……助けて』 


 ……


 そう。


 ちょうど今、俺の隣で小さく震えている少女と同じ顔だ。


「……大丈夫。きっと大丈夫」


 壮亮は、優しくレラの頭を撫でる。

 すると、彼女の震えが“ピタリ”と止まった感触が掌を通じて伝わり、レラの頭からそっと手を離す。


 キョトンとして正面を見据えていたレラが“ブワッ”と表情を崩し、大きく鼻をすすりながら、自身の膝に顔をうずめ込む。


「ばっ、ばかにしてんのか!?きやすくあたしにさわんじゃねえ!!」


「ば、馬鹿にして、なんか……。俺は、ただ……」


 ただ、まひろのことを思い出した。

 俺の隣で震えるお前の顔が、昔の妹と同じに見えてしまって、放ってはおけなかったんだ。


「じゃあなんだよ!!!同情か!?同情するなら、オメーは罰金カネだけくれりゃいいんだよバカぁ!!!」


「あぁ……う……」


 予想外のレラの反応に、『やっちまった』感を漂わせながら、言葉を失う壮亮。

 妹以外の女の子を大泣きさせた経験など、物心がついてからは無いので、どうすれば良いのか分からず、その場に固まってしまう。


「んだよ!!こっちみんなバァーカ!!てか、さっきから、ちけーんだよ、お前!!ウッザ!!!!」


「いやいやいや!?ち、近いのは暗黙の合意というかなんと言いますかオゥフwwああ、もう!ご、ごめんって……。俺はもう向こうで寝るから……」


「べつにいいよ!!そのまま、ここでねればいいでしょ!?バぁーーーーカ!!」

 

 レラが、壮亮の服の裾を片手で強く引っ張る。


「えぇ……(困惑)」


――難しい面倒くさいな、コイツ――

 

 壮亮は、心底そう思ったが、泣きじゃくるレラを放っておくことは出来ず、泣き疲れた彼女が眠りにつくまで、隣で気を遣い続けた。

 そして、彼自身も、今日一日、現実世界と異世界の両方で過剰に蓄積した疲労が祟り、地下牢の冷たい床で、深い眠りへと落ちていった……。

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