15.不安の矛先
「ウッ、ウッ、ウウッ……」
夜も更ける頃。薄暗い地下牢の一室。
身長が軽く2メートルくらいあろう大男が、牢の隅で膝を抱えてすすり泣く。
「なんで泣いてんの。アレ」
「知るかよ。やめろって」
またもや、大男を指さす壮亮の手をレラが“ペイッ”と払いのける。
「こんなとこにぶち込まれるような輩なりにも、自分の事情ってもんがあるんだよ」
隣で床に座るレラが、顎を膝に乗せて遠い目をする。
それと同時に『いや、さっき俺が『あたまおかしい』とか言っちゃったせいで泣いてるわけじゃないよな?あの人』と、若干の疑念と罪悪感に苛まれる。まさか、ねぇ……?
まぁ、それは兎も角。そもそも、コイツは――この、レラとかいう異世界のコソドロ美少女は、
「アンタ。ソースケ、っていったか?」
「ボフッ……!?」
レラが、顔の向きを変えずに俺の名前を口にする。
急に名前で呼ばれたことに加えて、普段はカーチャンくらいしか下の名前で呼んでこないので、まともな反応ができず、遠慮気味に吠える犬みたいな声が出た。
「正直、アンタがまともな生き方をしてきた人間には見えねーけどさ。少なくとも、あたしなんかよりは余程良い暮らしをしてきたんだろ?見てくれはヘンテコだけど、服だって破れてないし、肌や髪も、あたしらみたいな薄汚れたド貧民と比べりゃ綺麗なもんさね」
確かに、昨日は現実世界で三日ぶりに風呂に入ったし、このスウェットもそのとき着替えたものだから、普段はともかく、今の俺は比較的清潔な方だ。『まともな生き方をしてきた人間に見えない』と言われるのは、正直、心外だが、俺が現実世界でまともに社会に馴染めず、アンダーグラウンドに沈み込んでいたのは確かな事実である。
ただし、そんな自堕落な生活も、この異世界の底辺を生きるコソドロ少女の境遇と比べれば『余程良い暮らし』といえるだろう。
「お前は、レラっていったな」
そう言って、改めて隣の貧相な少女を観察してみる。
確かに、着ている服はところどころがほつれていたり、つぎはぎで繕ってあったりするし、白い肌のあちこちには、汚れや擦り傷がついていて、綺麗な金色の髪の毛も、よく見ると所々痛んでいるようだ。。もっと言わせてもらうと、ネットにうpしたら『くさそう』とか、コメントが付きそうな見た目である。
それでも、如何せん元々が整った顔立ちで、綺麗な翡翠色の瞳をした美少女。近くにいても、汗臭いわけでもなく、むしろ何故かほんのりと良い匂いがするものだから、酷くみすぼらしいわけでもない。
……
言われっ放しでは悔しいので、何か言い返してやろうとは思っていたのだが、なかなか言葉が見つからない。目の前の少女の容姿や清潔感について、どこか指摘するような点や、おかしな部分も無く、彼女の言っていることはといえば、ある意味正論すぎて、返す言葉も無い。
「旧市街ってのは、お前みたいなコソドロばっかりなのかね」
返す言葉がないので、少し挑発的な質問をぶつけてしまう。質問と言うよりも、捨て台詞のようなものだ。
しかし、意外にも、レラは俺の安っちい挑発には乗らず、淡々と話を続けた。
「コソドロってゆーな。あたしだって、こんな生活しなくても生きていけるなら、とっくに足を洗ってるさ。あたしも、何度ここにぶち込まれたか、覚えてなんかいねーけどさ。他に、どうしようも無いから、こうやって暮らしてる」
「……他に、生きていく方法が無いんだよ、本当に。ここじゃ、あたしみたいなガキ、誰も雇ってくれやしない。仮に仕事があったとしても、月にコメ1升か、その2倍くらいの量の綺麗な水が買えるだけの給料が貰えれば良い方だ」
……まぁ、そうだよな。
恐らく、コイツには、世話をして、面倒をみてくれるような家族や身寄りが無くて、おまけにコイツの言う通りロクな仕事も無いから、仕方無く、泥棒や恐喝みたいな犯罪に手を染めて生きているのだろう。
しかし今や、似たような境遇になってしまった俺にとって、彼女が異世界を――この過酷な世界を生き抜いてきた経緯は気になるところだが、生い立ちや家族のことを尋ねれば、何となく、レラ本人だって良い顔はしないと思ったから、俺は開きかけた口を閉じた。
「あたしに、まともな生き方なんて、一生できやしない。あたしみたいなクズは、いつか殺されるか、野垂れ死ぬまで、ずーっと、クズのまんまなのさ……」
――クズは、ずぅっと、クズのまま――
レラの、何気ない一言が、壮亮の心に突き刺さる。
……昼間は、異世界でやり直す人生の始まりだのなんだのと、お気楽なことを考えていた自分が情けない。
ここと比べれば、至極生ぬるい現実世界ですら、社会に馴染めず、家に引きこもっていた世間知らずのクソニートだぞ?俺は。
それが、未成年が真面目に働いたって飲み食いする金も稼げず、右も左もわからないような世界でまともに生きていける訳がない。
むしろ、現実世界にいた頃よりも、先の見えない不安と恐怖に押し潰されそうだ。
……クズは、ずぅっと、クズのまま。
生まれ変わったところで、人格がそのままなら、俺みたいなクズはクズでしかないんだ。
何のチート能力に目覚めるわけでもない。
何か、元々の才能があるわけでもない。
俺みたいなただのクズが異世界転生したところで、何の活躍も出来やしないし、何が、明るい未来なんて見えるもんか。
この十数年間、親のスネだけをかじり続けて生きてきただけのクソニートに比べれば、泥棒ですら立派な才能に思えてくる。
だったらよっぽど、隣で勝手にしょぼくれてるレラの方が、やり方はクズなりでも、まともに生きていけそうじゃないか。
本当に、自分が情けない。
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