14.汚れた司法取引

「おい、詐欺師のボウズ。ちょっと来い」


 予想通り、上の階から降りて来たのであろう、例の衛兵が、俺に向かって鉄格子越しに手招きしている。

 しかし、『詐欺師』という人聞きの悪い呼び方が気に食わないので、俺は衛兵に従うか否か一瞬迷ったが、《目の前の大男の相手をするよりはマシ》だと、大男にペコペコ頭を下げ、愛想笑いをしながら、鉄格子の方へ避難する。

 そして、呼ばれてもいないのに、大男を避けるように、俺の背後をちょこちょことついて来るレラ。


「レラ。お前は来なくていいんだよ」 


 衛兵が「シッシッ」と声に出し、レラを手で追い払う。

 「うざ」と小さく吐き捨てたレラは、渋々と俺の背後から離れ、大男から一番遠い壁際へと行き、腕を組んで壁にもたれかかる。

 どんだけビビってんだ、あのチビ。

  

「……で。なんすか」


 壮亮が、レラから衛兵へと視線を移し、怪訝な顔つきで用件を問う。

 気の抜けた、表情の無い衛兵は、周囲をキョロキョロと見回すと、壮亮に向かって、小声で、鉄格子越しに話しかける。


「お前、話の分かる奴か……?」


「はい?」

 

 壮亮が、眉間に皺を寄せる。

 衛兵は無表情のままだ。


「まぁいい。お前から押収した財布だが……中に入っていた金がどこの国のもんで、どれだけの価値があるのか鑑定にかけたんだ。要はお前に罰金を払う能力があるのか、否かってところでな」


 ……なるほど。衛兵の言っている話は分かるが、そもそもなぜ俺が罰金を払う流れになっているのか、納得がいかないな。


「罰金っていくらですか?ていうか、何の罰金ですか?」


「んなことはもうどうでもいい。で、鑑定の結果だがな?お前のカネ、単純に通貨としての価値はゼロだったが、技術資料としての価値が高いとかなんとかで……《結構な値》がついたんだよ」


 ……確かに。この中世ライクな異世界において、俺が暮らしていた現代の日本の造幣技術はなかなか興味深いものなのだろう。俺のなけなしの小遣いは、この国の《ナンデモ研究所》的なところで、所謂《オーパーツ》的な扱いを受けているのかもしれない。


『言っている意味は分かったが、だからどうした』という顔をして、壮亮が首をかしげる。


「いいか、小僧……。こっから先は、俺とお前の個人的な話だ」


 衛兵が鉄格子に、少しだけ白髪のまじった無精髭の目立つ横顔を近づける。

 壮亮も、衛兵につられて、鉄格子越しに耳を貸す。 


「お前、カネなんて持ってなかったよなぁ?」


 壮亮の心臓が、一回だけ“ドクン”と鼓動を打ち、身体中で何かがザワザワと波立った。

 訳が分からず、動揺する感覚。そして、生まれる一つの疑念。

 

 何だって?金が無い?いやいや、金が──俺が現実世界から持ち込んだ日本円があるから、こんな話になっている訳で。なにいってんだ、こいつ。

 ……いや、待てよ。それってつまり、まさか……コイツ……。


「それと、お前の嫌疑についてだがな?俺も正義の味方として、お前みたいな悪党を懲らしめてやろうと、色々捜査してはいるのだが、これがどーにも、証拠が足りん。証拠が無ければ、嫌疑不十分で釈放だ。ま、あくまで《まだ俺の努力が足りない》だけなのかもしれんが……?」


 衛兵がわざとらしい口調で、脅迫めいたことを言ってくる。

 ここで、疑念が確信へと変わる。引きこもりで世間知らずの俺にも──この衛兵は、俺を見逃す代わりに、賄賂を要求しているのだ──と、今の衛兵の話を聞いて、すぐに理解出来た。

 そして、その賄賂とは、俺が現実世界から持ち込んだ《日本円の売却益》だ。


「……ニッ」


 衛兵が、口だけで気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 この衛兵のおっさん……汚職に手を染めるクズ野郎だ……!


「……見逃してやるから、俺の持ってた金を黙ってよこせってことですか」


 壮亮が、鉄格子の内側から衛兵を睨み付ける。

 衛兵は、横を向いたまま、流し目で壮亮へちらりと目をやる。


「ちゃんと話の分かるガキのようだな?だが、まだ理解が足りないみたいだ。お前は、最初っからカネなんてこれっぽっちも持っていなかった。で、ズボンのポケットの中には何が入っていた?空っぽの財布と、ケツを拭くためのチリ紙くらいなもんさ」


「お前は、偽造通貨も、凶器も、最初っから、なーんにも、持っちゃあいなかった。でも腹が減っていたのか?可哀想だから、ここを出るときに、俺が少しくらいなら小遣いをやるよ……」


 衛兵が、目元でも生気の無い微笑みを浮かべる。

 微かに開いた瞼の裏側から、虚ろだが強い視線を感じ、思わず、生唾を飲み込む壮亮。

 

 つまり、この衛兵が言いたいのは『没収された日本円の存在そのものを無かったことにして、俺に寄越せ。俺が個人的に売り払えば、全部俺の金になる。職権で釈放してやるし、お前にも分け前をやるから、黙って言うことを聞け』ということか。


「……話は分かりました。ところで、鑑定結果っていくらだったんですか」


 気になるところを質問すると、無表情な衛兵が鉄格子越しに“ビシッ”と、こちらを指差してくる。

 何かと思えば、衛兵は指先と眉の端をへにゃりと下げ、呆れた顔をしてこう続ける。


「お前なぁ……同じ事を何回も言わせるな、アホが」


「いいか?カネなんて、もうどこにもねーんだよ。無いモノは鑑定しようがないだろうが、たわけ」


 衛兵の物言いにムッとして、鉄格子から離れる壮亮。


 自分にだけ都合の良い台本で、肝心なところをうやむやにする目の前の汚職公務員には腹が立つが、投獄されている身である自分の立場を考えれば、ここでコイツに逆らったところで、何の得があるのだろう?

 むしろ、ここで変に食い付けば、こいつは衛兵という立場を利用して、俺に無実の罪を着せたまま、日本円を横取りすることだって難しくは無いのでは? ぐぬぬ。


「釈放は明朝だ。今日はもう寝れや」


 衛兵が腰の後ろで手を組んだまま、老人のように歩いて去って行く。

 どうやら、もはやあの男にとって俺の返事は重要では無いらしい。

 俺に口止め料を払って、穏便に自分の懐に金をしまい込むか、俺が何を喚こうと金の存在ごと強引に揉み消すかの二択なのだろう。

クソが。

 

 ふと気が付くと、レラがこちらを睨んでいる。あんだよ、文句あんのか?


「なんかよくわかんねーけど……。アンタ、値打ちもんを持ってたから、スケアクロウのおっさんに取引をもちかけられたってワケか」


 スケアクロウ。さっきの衛兵の名前だろうか。向こうもレラのことを名前で呼んでいたし、どうやら二人は顔見知りらしい。


「お前……。聞いてたのか?」


「聞こえてんだよ」


 レラがつかつかと歩いてきて、キリリとした表情で、俺の顔を見上げてくる。

 先ほどまで睨み付けていた気迫は無く、むしろその表情には、出会ってから最も純粋に美少女然とした雰囲気があったものだから、不覚にもドキッとしてしまう。


「な、なんだよ」


「あたしの罰金、三万六千九百八十36,980イェンです」


「あ?」


 なにいってんだこいつ。パートツー


「まぁ……。今の話を黙ってて欲しけりゃ、スケアクロウのおっさんからもらう予定の分け前で、そんくらい立て替えといてくれよな、って話だ?安いもんでしょ?」


 美少女《だった》クソガキが、憎たらしいクソガキの笑みを浮かべ、両掌を返して掲げ、ドヤ顔をしてくる。

 

 コイツ……!お前まで俺のことを脅迫しやがるのか!!


 ブワリと髪の毛を逆立てた壮亮だったが、何を思ったのか、黙って踵を返し、壁に何度も頭を打ち付けている《例の大男》のところまで歩いて行く。

 そして大男の肩を“トントン”と叩き、反対側の壁際で「何のつもりだ!?オイ!」と、小声で狼狽えて、オロオロしているレラを指差す。


「あいつ、さっきあなたの悪口言ってました。『あいつぜったいあたまおかしい』とか言ってました」


「オアアアアアアアアアアアアア゛アア゛アア゛アア゛アア゛アア゛!!!!」


「うわあああああ!?言ってねぇよぉ!?」

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