13.本音と建前

“ジャララ……ジャラララ……”


「アウ……アウヴヴ……」


 薄暗い地下牢の中を彷徨う謎の大男。

 血塗れの麻袋の下では、常に苦しそうな呻き声を上げ続けている。

 大男は身体中が古い傷跡だらけで、鉄球付きの足枷が嵌められた足の裏は擦り切れ、男が牢の中を歩く度、床に血の跡が滲む


 取っ組み合いの喧嘩をして騒いだ懲罰として、この地獄絵図のような相部屋にぶち込まれてからどれくらいの時間が経っただろうか。地下牢の壁やら、天井を見飽きた壮亮が、大男をそっと指さし、隣に座るレラに耳打ちする。 


「アレ。何……?」


「知るかよ……。気付かれんぞ」


 レラが、大男を指差す壮亮の手を“ペシッ”とはたき落とす。

 

「ここは、旧市街警備所の地下牢だ。どんなヤバい奴がぶち込まれていても、おかしくはねぇさ」


「あー……。つまり、旧市街って、要は柄の悪い奴とか、金に困ってる奴が多いから、治安も悪いってこと?」


「そんな分かりきったこと、わざわざあたしに聞く必要ある……?」


 レラが、少しだけ眉をひそめて、面倒くさそうな顔をする。

 そりゃあそうだろう。

 異世界人である俺には、まだまだこの世界について分からないことだらけだが、この世界の住人であるこいつらにとっては、ただの常識でしかないのだから。


 とはいえ、元いた世界で朝から晩までゲーム三昧していた俺なら、この世界の物事や法則について、何となく想像くらいは出来る。

 ゲームなんかに出てくる旧市街ってのは大抵、スラム街みたいな場所で、貧乏人や荒くれ者が暮らしてる治安の悪い地域だし、実際に俺が見てきたこの世界の旧市街も、まさにスラム街っていうのがしっくりくる、どんよりした風景の街だった。

 意外と、異世界っていうのは、俺が元いた世界の、所謂《二次元の世界》通りに出来ているのかもしれないな。

 

「で?結局、アンタはなんで捕まったの?」


 そして、こちらは具現化した二次元美少女のレラ。漫画のようなジト目で、こっちを見てくる。

 違うぞ。俺は人殺しじゃないし、性犯罪者でもないぞ。


「まさか、チカン……?」


 レラが、無遠慮にくっつけていた身体を俺から少しだけ遠ざける。

 違うって言ってんだろ!いや、まだ言ってないけど。


「ちげーよ。その……腹が減ったから、俺の国の金を使って買い食いしようとしたら、偽造硬貨だと疑われたのと、お前が落としてったナイフを拝借して、護身用に隠し持ってたのが原因だよ」


「なにそれ、くっだらね」


「……って、おま!?じゃあ、あたしのナイフ、もう路地裏に落ちて無いじゃん!」


「そーだよ。衛兵に、金と一緒に没収されたわ。ていうか、細かいこと言わしてもらうと、確かお前、さっきはナイフのこと『落としてない』って、言い張ってなかったか?いいのか、それで??」


「……うざ」


 恨めしげなレラの横顔。

 むくれたその頬が、いかにも不服であるという彼女の感情を表している。

 

「あとな。勘違いしているようだが、俺は、本当にお前を殺そうと思ったわけじゃないぞ。ああすれば、ビビって逃げると思っただけだから、もうこれ以上俺のことを人殺し扱いするのはやめてくれ」


 きっと、これは嘘だ。

 逆説的に──あのとき俺は、このレラとかいうコソドロ少女を自衛のために殺そうと思っていた──という意味では無いが、少なくとも、もしもあのとき正気に戻れていなかったら、俺はそういう取り返しのつかないことをしていたかもしれない。あれから時間も経ったし、だいぶ落ち着いてはいるのだが、当時を思い出すと、未だに怖くなる。


 壮亮は、この世界において、一応は、現時点で最も話の通じる相手であるレラから、無用に警戒されて距離を置かれぬよう嘘をついた。

 単純に、いつまでも人殺しだと思われていては、居心地が悪いのもあるのだろう。


「イテテ!?」


 すると突然、レラが壮亮の胸ぐらを掴み挙げて凄む。


「ビビって逃げたわけじゃねーから」


 面倒くさい。いっちょまえにプライドだけは高いコソドロめ。

 そんな可愛い顔で睨まれたって、怖くもなんともねーんだよ。

 ……いや、どっちかっつーと、あの、この距離で、改めておにゃのこからそんなにジロジロ見られると、ぼく、あっ……あぅ……。


”ジャラララララ……”


「「ひっ」」


 大男が、壮亮とレラの目の前で立ち止まり、二人へ向き直る。

 麻袋の下から、荒い息遣いと呻き声が聞こえる。


「アヴ……アヴヴヴゥ……アアアア゛ア゛ア゛ア゛!!」


「ああああ!?すすみませんごめんなさい!!静かにします!ほんとすみませんでした!!!!」


 突然、おぞましい声を張り上げる大男。

 訳もわからないまま、とりあえず涙目で必死に謝る壮亮と、隣で涙目になって壮亮にしがみつくレラ。

 

“ガシャガシャガシャ”


 鉄格子が鳴る。また、あのやる気の無い衛兵がやってきたのだろうか。

 何の用かは知らんが、実にグッドタイミングだ。

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