12.効いてる効いてる
「――っせぇなあ!!」
壮亮が、目元だけでなく、顔も真っ赤にして、少女に向き直る。
男の意地を馬鹿にして、鼻で笑う宿敵のコソドロ少女を指差し、口を尖らせ、わざとらしく機関銃のように罵声を浴びせて、煽る。ムカ着火ファイアー。オープンファイアー。
「そもそも!!そういうお前はどうなんだ!お前こそ、どうしてこんなブタ箱にぶち込まれてんだよ!?ああ、もしかしてアレか?アレですか??俺からカネを奪い損ねたから、次の獲物を引っかけようと誰かを路地裏に誘い込んだら――」
「――あれぇ!?ないふぅ!?あたちのないふが無ぁい!?なんでぇ!?なんじぇ~!?(裏声)――とか!間抜けな状況に陥って、返り討ちにあったんだろ!俺のそばに落ちてたぞ!お前のナイフ!」
「ふぇっ!?ち、ちげーし?ああああたしがそんな間抜けな醜態晒すわけ……」
少女が、《涼しい顔を作ろうとした顔》をしながら、口笛を空吹きする。
やれやれ……。どうやらこの金髪ロリ、敵に回す相手を間違ったようだな。
年から年中24時間クズどもの掃き溜めで《サーフィン》しながら便所の落書きをしていた《ホワイトカラー》の俺をなめるなよ。
どうせここは、ろくでもない異世界なんだ。金髪美少女のおにゃのこ相手だからって、狼狽することもない。
イメージしろ、佐久間壮亮。
活字だ。こいつの喋る言葉も、俺の言葉も全て活字で、相手は二次元の美少女だ。
そうすれば、お前みたいなメスガキッズ、すぐに真っ赤にしてやんよ。
「プーwwクスクスwwwウケるwwwウケるんですけどーwwwそんでそんで??そんでキミ、どうしたの?ナイフが無いことに気付いてどうしたの??」
「だから、違うっ!あたし、落としてないもん!!」
「あーーーー!?わかったぁ!キミ、ちゃんと謝ってみたんでしょ!?謝ったら許してもらえると思って、俺に危うく殺されかけたときみたいに、命乞いしたんでしょーーー!?」
「ヤァダアアアアア♪ゴメンナサイ、ゴメンナサァイ♪オタスケー(裏声)」
壮亮が、気色の悪い裏声を出しながら、うにゅうにゅと身体をくねらせる。
対する少女は、壮亮の煽りに、唇をキュッと結び、顔を真っ赤にしてしばらくプルプルと震えていたが、二回目のまるで似ていない自分の声真似を聞いた途端、ついにブチ切れて、壮亮のところまでズカズカと距離を詰めてくる。
「ざっけんな!!あたしが、そんな無様な真似するわけねーだろ!!」
壮亮が、額に青筋を浮かべブチ切れている少女の肩にそっと手を置いて微笑む。
猛犬のような表情の少女が、訝しげに睨み付けてくる。
「……は?何さ、急に」
「そうだな……。悪かったよ。お前がそんな無様な真似、するわけないよな?」
「でも……俺に命乞いしてきたあのときのお前、最高にブザマだったぜ……?(ウィンク)」
「ムガァアーー!!」
ついに、癇癪を起こした少女が、壮亮の胸ぐらに両手で掴みかかり、突進してくる。
対する壮亮も、少女の頭と肩を押さえつけ、お互いに悪口雑言を喚き散らし合う取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。
「テメェ、ブッ殺す!!!!」
「あーん!?殺れるもんならやってみろやぁ!?チィービ!!」
「あぁんだと!?こんのぉクソヤロォ!!」
「バァーカ!」
「ゴミ!!ヘナチョコ!!」
「あぁーほ!」
「男のくせに泣き虫ぃ!イ○ポ野郎!」
「おこちゃま!ツルペタおっ――」
“ガシャガシャガシャ!!!!”
ほどなくして、鉄格子を激しく鳴らす音が聞こえ、地下牢が水を打ったような静けさに包まれる。
「 う る せ ぇ 。お前ら、隣の牢屋行き」
やる気の無い顔の衛兵が、鉄格子越しに親指を立てて隣の牢を指す。
隣の牢からは、苦しそうな息遣いと、鉄製の足かせを引きずる不気味な音が聞こえてくる。
取っ組み合ったポーズのまま、公園に置かれているよく分からないデザインの銅像のように固まった壮亮と、少女の顔から、表情が消え失せる。
× × ×
赤錆びのうっすら浮いた鉄格子。
鉄格子の内側で、背丈が軽く二メートルはあろうドス黒い染みだらけの麻袋を被った上裸の大男が、壁から壁を右往左往する。
苦しそうな息遣いで、悲痛な呻き声を上げながら。
そして、大男の足の裏から滲み出る血塗れの牢のすみっこで、膝を抱える二つの影。先ほどまで隣の牢で取っ組み合いの喧嘩をしていたその二人は、今では、まるで仲良く肩を並べ、身を寄せ合っている。
時々、麻袋を被った大男が二人の前で立ち止まる度に、異世界転生ニートと、コソドロ少女との間に入った溝が埋まり、さらに距離が縮んでいく。
やがて、ハンベソの壮亮がぽつりと呟く。
「なんか……ごめん」
ボサボサになった金髪の少女が、膝に顔を突っ伏したまま、鼻声で返事をする。
「……許す」
……
それから、しばらく続いた気まずい沈黙を破ったのは、壮亮の方だった。
「……佐久間壮亮」
「……あ?」
「名前だよ。俺の」
「……長くね」
「サクマが苗字な。ソースケが名前」
「ああ……。そういう感じ」
……
「……お前は?」
「……レラ」
「あ?」
「 レ ラ 。苗字とか、ねーから」
「ああ……そう」
……
お互いに、変な名前だなと思った。
そんな雰囲気が、大男の呻き声に掻き消されそうになりながら、薄暗い牢屋の中を静かに漂っていた。
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