11.ニートの意地
「答えろよ。なんで、アンタまで捕まってんのさ?」
「むぐぐ……」
再び、喉元まで上がってきた言葉を飲み込む壮亮。
――わりとお前のせいだよ、マジで。
あのとき、路地裏で、お前が俺からカツアゲなんてしようとしなければ、俺はお前が落としたナイフを拾って隠し持つ必要はなかったんだ。きっとアレさえ持ってなければ、衛兵に捕まることもなかったのに。
俺は、強く拳を握りしめる。
自ら進んで悪事を働いたつもりはないのに、こんなにも理不尽な扱いを受けている悔しさと、その原因を間接的に作ってくれた目の前のクソガキに対する憤りを黙って“ギュゥ”と握った拳に閉じ込める。『我慢してやる義理は無いが、仮にここでコイツをぶん殴って喧嘩したところで、俺に何の得があるのか』と。
すると、コソドロ少女が立ち上がり、そろりと壁際に後ずさりする。
何かに良からぬことに感付き、察したような表情をして、「ハッ」と、微かに唇を開いている。
「まさか、アンタ……本当に人を殺っちまったのか……!?」
……んなわけあるかい。
この場合、コソドロ少女の神妙な面持ちが、とても間抜けに見える。
壮亮の険しい表情から、“カクン”と力が抜け、この場にアンニュイな雰囲気を醸し出している。何がというわけではなく、今この瞬間の全てが、彼の調子を狂わせているに違いない。
「ハァ……。なわけねーだろ、常識的に考えて」
呆れたわ。目の前のコソドロは、俺を殺人鬼か何かと勘違いしているのか?
確かに、あのときの俺はトラウマのせいで正気じゃなかったと思うし、コイツが勘違いするのも分からんでもないが、俺みたいなニートごときにビビリすぎだろこいつ。プゲラ(真顔)。
「俺は、お前と違って、犯罪者なんかじゃない」
「ハッ、どの口が。ついのさっきまで、アンタがあたしを殺そうとしてたこと、忘れたとは言わせねーよ?」
胸の前で腕を組んだ少女がプイッと顔を背け、流し目で睨み付けてくる。
ちなみに、シャツが皺になってはだけた胸元につい目がいってしまうが、腕で《寄せても、ほとんど無い》ようだ。何がとは言わないが。
「いや、それは違うんだって!俺は――」
――俺は、異世界転生者だ。
元いた世界で身体中にナイフを突き刺されて死んだ、ただの可哀想なニートだ。
人なんて殺せないし、お前にナイフを向けたのも、何にも考えてはいなかった。
怖かっただけなんだよ。
また死ぬのが怖かったんだ。
あのときだって――コンビニで強盗に殺されるときだって、すごく怖かった。
死んでしまうまで、ずっと怖かった。
でも、俺はなぜか生きていて。こんな訳の分からない理不尽な世界に、何の説明も無いまま放り出されて……。
そもそも、俺が異世界から転生してきたなんて言ったところで、どうせお前も信じないんだろ?
本当に、どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ……。
……
急に、叱られた犬のような表情で、しゅんと目を伏せる壮亮。
赤錆びの浮いた鉄格子に向き直る。
「……え。なんで泣いてんの」
「……泣いてねーし」
金髪の少女が、眉をひそめて、首を傾げる。壁際から、目元を拭う壮亮の後ろ姿を背伸びしたり、身体を傾けたりしながら観察している。
少し経って、壮亮が大きく鼻で空気を吸い込み、上を向く。
天井には、無数の水滴が滴っている。
「やっぱ泣いてんじゃん」
「泣いてねーし!」
泣くもんか。
例えどんなにつらい目に遭ったとしても、宿敵であるちんちくりんのメスガキを目の前にして、男が涙を見せてなるものか。実際に涙を流したのか、涙を見られたのかという問題ではなく、これは男の意地の問題だ。
「ぷっ。だっさ」
メスガキが男の意地を鼻で笑う。クソ憎たらしい音だ。
――かっち-ん――
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