10.因縁の再会
× × ×
「……で?本当はどっから来たんだ?」
「だから!俺は転生者なんです!日本という国で強盗に殺されて、この世界に転生した異世界転生者なんです!」
年季の入った木製の机を強く叩く壮亮。
重厚な材木を加工して作られた机を叩いた感触は鈍く、重く、バンという音が鳴ることも無く、小指の付け根あたりに痛みだけが残る。
「あー……うん。そっかぁ」
机に両肘をついた衛兵が、掌の上で目を細める。
微笑んでいるわけでもなく、あるいは壮亮を睨みつけているわけでもなく、例えるならば、呆れと哀れみを足して割ったような面持ちで、壮亮のことを冷ややかに眺めている。
「どうして信じてくれないんですか!」
一方の壮亮はといえば、釈明に必死である。
『自分は不審者ではなく、日本という国の存在する別世界から転生してきた異世界人なのだ』と、連行された衛兵の詰め所内にある取調室で、熱弁を繰り返す。
しかしそれは誰に聞かせたところで、ここが異世界であろうと、元いた世界であろうと、そう簡単に信じてもらえるはずが無い。
「俺は、犯罪者じゃありません!!」
狭く、薄暗い取調室で壮亮が声を荒げる。
「わかった!今日はもういいわ……」
いい加減、似たような話を聞かせ続けられてうんざりした様子の衛兵が、頭を掻きながら立ち上がる。
「じゃあ、もうここから出て行ってもいいですか」
ふてくされた様子の壮亮が、恨めしげに衛兵を睨み付ける。
「いいわけねーだろ、たわけ。お前には、詐欺と凶器隠匿の嫌疑がかけられてんだよ」
「なっ!?」
冗談じゃない。ちょっとした勘違いで、日本円を使って買い物をしようとしただけで詐欺だって?
それに、街の奴らは堂々と剣やら斧をぶら下げているのに、どうして俺が護身用にナイフを持っていたら犯罪なんだ!そんなの理不尽じゃないか!!ぐぬぬ……!
壮亮の脳内道路で不平不満が思考の交通渋滞を引き起こす。
彼に、それらを口に出せるほどの度胸は無いのだ。
「立て。とりあえず、一晩牢屋で頭冷やしてくれや」
そう言うと、衛兵は、起立した壮亮の腕に木製の手枷をはめ、さらに、壮亮の腰に縄を巻いて、手枷と縄を器用に結びつける。まるで本当の犯罪者のような扱いを受け、落ち込み、うなだれる壮亮。
これじゃ、ニュースでよく見る《警察署からどっかにワゴン車で連れて行かれる犯人》とか、あるいはサーカスの猿みたいじゃないか。
やっぱり、異世界なんてロクなところじゃない。俺が住んでた世界と同等の人権なんて、あるわけが無いし。
どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ……。
衛兵の詰め所内に設けられた取調室を出て、通路の端にある石造りの螺旋階段を下ると、松明の明かりに照らされ、錆の浮いた鉄格子が見えてくる。
牢屋は少なくとも八部屋くらいあるようで、ほぼ全ての部屋の中に、人影が見える。
椅子に座ってこちらを睨み付ける体中入れ墨だらけのスキンヘッド、横になったまま微動だにしない毛むくじゃらの老人、ガリガリに痩せ細って目の焦点が合っていないゾンビのような男、ひたすら腕立て伏せを続ける筋骨隆々の獣人等々……。
地下牢に住まう異世界の罪人たちは、《いかにも》といった風貌の者ばかりで、俺は、自身の場違い感に戦慄する。
ここは、俺みたいなザコキャラが来ちゃいけないところだ。
きっと、ここを攻略するには、あと三十はレベルが足りない。
「安心しろ。お前の房はここだ、自称異世界人さん」
衛兵が一番奥の牢屋の扉を解錠し、俺の手枷と縄を解く。
軽く背中を押されて牢屋の中に入ると、背後で扉と鍵の閉まる音がして、“ビクリ”と、反射的に振り返る。
「おとなしくしてろよー。面倒を起こしたら、隣の房に放り込むぞー」
気だるげな衛兵が、隣の牢屋の方を親指を立てて指す。
冗談じゃない。隣は、ゾンビゲームで中ボスやってる処刑人みたいなデカい奴が、足かせを引きずりながら「ハァハァ」言ってる部屋じゃないか。ぜってー殺される。
「俺は上にいるからな。何かあれば呼んでもいいが、下らない用件だったら飯を一食ずつ抜く。いいな?」
「はい……」
衛兵が、上階へと戻っていく。
別に、あの男に何の信頼があるわけでもないが、こんなところに置き去りにされると心細い。
仕方なく、房内を見渡してみると、石造りのゴツゴツした床の上に、体育座りの姿勢で毛布にくるまる人物の存在に気がつく。
うわ……。どうやら、この部屋にも《先輩》がいるらしい……。
「あ……ど、どうも~……?新入りでーす……」
一応挨拶くらいするのが礼儀だろうか。
小声で、遠くから頭を下げてみたものの、先輩からの反応は、無い。
「……」
子供か……?にしては、少しデカいけど、大人なら、小柄だな……。
一体、アレはどんな凶悪犯なんだろうか……?
相変わらず、遠くから、先輩を恐る恐る観察する壮亮。
ふむ……。頭から毛布を被った先輩は、どうやら金髪のようだ。そして、なぜかは知らんが、両手で毛布を引っ張って、自分の顔や体を隠そうとしているようにも見える。
でも、先輩。毛布の長さ足りてないので、前髪がはみ出ててますよ?
さらに、髪の毛だけじゃなくて、足も、ふくらはぎの半分くらいまでしか隠し切れてませんねぇ。
あー、すね毛は生えていないようで、白くて細い脚と、色褪せた朱色のショートブーツが見え隠れ……?
ん?
あれ……。ひょっとして、先輩って……女の子……!?
壮亮が、片手で顔を覆いながら、俯いて、不適な笑みを浮かべる。
おいおい、異世界の役人さんよ。
こんなことがあっていいのかい?
あんな年端も行かぬであろう女子と、この性欲
フッ……。
まぁ僕
相手がチンピラや人外の類いでなく、しかも女子であることが分かると、先ほどまでのビビりようはどこへ行ったのか、足取り軽く《先輩》に近づいてみる壮亮。
下心が丸見えの笑みを隠しきれない。
「あの……どうも~?今日からよろしく……?綺麗な髪のお嬢さん?」
壮亮が近づくと、さらに小さくうずくまって、身体に纏った毛布を強く引っ張る先輩。そんな彼女の様子に気を払う余裕も無く、壮亮は、ぎこちない口説き文句を喋り続ける。
「いやぁ~、ここの衛兵ヒドイですよね~?何にも悪いことしてないのに投獄するなんて。ボクなんか、普通に買い物をしようとしただけなのに詐欺ですよ!詐欺!」
「……」
「あー?あ、あなたも別に何にもしてないんでしょ……?俺、分かりますよ!だってこんなに可憐な女性が牢屋にぶちこまれるような悪いことできるわけが――」
「……めろ」
先輩が、何かを小さく呟く。可愛らしい少女の声だが……。
「は、はい?今、何て……?」
「やめろ、って言ったんだよ……!気色わりぃ……ッ」
先輩が、頭からするりと毛布を外す。
薄ら頬を紅潮させ、恨めしげな上目遣いで睨み付けてくるのは、金髪で、少しツリ目のロリ美少女。
忘れもしないその顔が、露わになる。
「あーっ!?お、お前はぁ!!」
まさに、因縁の再会。自分を騙し、脅し、色々と傷つけてくれた金髪で、《金的の》少女を指差し、声を荒げる壮亮。つい先ほどまで抱いていた、種種雑多な負の感情が、再び一気に沸き上がる。
道理でこの女、コソコソと顔を隠していたのか!クソッ!
「クソッ!なんでアンタまで捕まってんのさ!」
――いや、わりとお前のせいだよ!――
――と、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、“ギリギリ”歯ぎしりしながら、目の前の憎きコソドロ少女を黙って睨み付ける壮亮。
一方の少女も、八重歯をちらつかせながら、小さな猛犬のような気迫で壮亮を睨んでくる。
ほの暗い地下牢に、まるでバチバチと火花を散らすかの如く、二つの鋭い眼光が衝突する。
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