9.おまわりさんこいつです

 異世界のイカっぽい生き物を焼く屋台を見つめながら、《ナントカガシラ・ゴローさん》みたいな表情で、道の真ん中に立ち尽くす壮亮。

 辺りには、真っ黒い謎の調味液に漬けられたイカっぽい生物が焼ける実に香ばしく、良い匂いが漂っている。

 

 そうだ、俺は腹が減っているんだ。

 ええ、大事なことなので二回言いましたとも。


 そもそも俺は、憎き我が妹まひろが床ドンをキャンセルして飯を持って来なかったせいで、現実世界のコンビニまで行く羽目になったんだ。んで、コンビニまで行く羽目になったせいで、そこで出くわしたキチガイにぶっ殺されて、こんな異世界に転生してしまった訳で。

 そんな衝撃的な体験の連続に、自分が空腹だということをすっかり忘れていたけど、思い出したら、当然ながら、滅茶苦茶に腹が減ってきた。

 いや、もはやこれは飢餓状態と言っても過言では無い。

 死ぬ。放っておいたら、空腹でまた死ぬぞ、俺。


「よう、にいちゃん!一匹どうだい?今朝上がったばかりの新鮮なヤツだぜ!」


「タダですか?(迫真)」


「ああん?なわけねーだろ!一匹、三百イェンだよ」


 三百!!タダは冗談のつもりでしかなったけど、この世界でも日本円が使えるのか!?有能ッ!異世界の神(?)、有能ッ!!


 壮亮が、表情をパァッと明るくする。

 初めから、タダは無いと分かりながら、『それでもここが俺の理想の異世界なら』と、《ワンチャン》賭けて聞いてみたものの、やはり有料。しかし、通貨が現実の日本と同じとは夢にも思わず、驚きと喜びを隠せないようだ。


「買います!はい、ちょうど三百円っ!」

 

「はい、まいど……!って?」


 壮亮が差し出した三枚の百円玉の一枚をつまみ上げ、まじまじと見つめるイカ焼き屋の店主。

 

「おい、にいちゃん……。どこの国の金だか知らねーが、うちはイェン以外扱ってないんだよ」


 店主が、迷惑そうな顔で百円玉を突き返してくる。


「えっ、いや……だから三百円……」


「だーかーら!エンじゃなくて、イェンだよ!!」

 

“トントン”


「はい?」


 誰かが、イカ焼き屋のおやじとの噛み合わない会話に困惑する俺の背後から肩を叩いている?

 なんだよ、鬱陶しいなと思いつつ振り返ると、そこには落ち着いた青色を基調とした色合いの、おそらく制服姿であろう壮年の男が立っていた。男の腰には剣が差されており、服の胸と肩の部分には立派な紋章の刺繍が施されているようで、どうやら男は、所謂《衛兵》というにふさわしいようだ。あっ(察し)。


「あー……。ど、どうも~?もめごととかではないです。はい」


 軽く頭を下げ、愛想笑いをする壮亮。しかし、衛兵の気の抜けた表情は変わらない。


「オメーか。旧市街で噂になっているネズミ色の奇人変人ってヤツは」


 酷い言われようだなオイ。

 確かに俺は、ネズミ色のスウェット姿だけどさ。藪から棒に何なんだ、このおっさん。国家権力なら、何言ってもいいと思ってーー


 ……ていうか、そもそも俺、通報されてたのか!?


 空腹とは別のところで、“ゴクリ”と生唾を飲み込む。

 考えてもみれば、確かに道行く人々は皆、こちらへ視線を向けていたし、周囲と比べて挙動不審で変な格好の輩がいれば、町中で不審者として噂になり、通報されたとしても、おかしくはないだろう。

 ああそうか。多分、さっき街角でチ○チ○のあたりを痛そうに押さえていたのが決め手だな(キリッ)。


「ああ。こいつなら、たった今、うちで変なカネを使おうとしてたところだぜ?」


「ほう、見せてくれ」


 屋台の店主が衛兵に百円玉を差し出す。

 動揺する壮亮。


「えっ!?いや、違っ……!」


 ああ!?この《イカ男》め!余計なことを!お前が三百円だっていうから普通に渡しただけだろ!?まるで、俺が偽造硬貨で買い物しようとしてたみたいな言い方すんなし!しかも、衛兵相手に!!


「ほぅ……。よくできている銀貨――いや、銀貨かコレ?いずれにせよ、イェン銀貨とはまた違う種類のカネだが……実に良く出来ているな」


 まじまじと、百円硬貨を見つめる衛兵。

 別に偽造硬貨を使おうとしていたわけでも無いのに、無駄に緊張してしまう壮亮。


「お前、どこから来た?こんなカネは見たことがないし、よほど金属工業が盛んな国から来たんだろ?」


「あの……俺は……その……ごにょごにょ……」


「ふぅん……ほーぅ?」


 壮亮が返答に困っていると、やる気のなさそうな表情の衛兵が、首をかしげたり、身を乗り出したりしながら、壮亮の全身をくまなく観察してくる。

 

 ……しまった!?今、俺が背中に隠し持っているのは――


“ガシッ!”


 先手。衛兵が、壮亮の背中側の腰のあたりを片手で強く掴む。


 スウェットの生地に、はっきりと短刀のシルエットが浮かび上がる。


「……こんなもん、隠し持って何に使う?」


 衛兵が、虚ろな瞳で壮亮の横顔を見据える。

 心拍数が上がり、全身から変な汗が噴き出し、荒くなった呼吸を抑えている自分の状態に気が付く壮亮。つまり、彼も動揺を隠し切れていない自覚はあるようだ。

 

 もうダメだ。言い逃れ出来ない。


「……まぁいいわ。ちょっと一緒に来いや」


 衛兵は、百円玉を自分のポケットにしまい込むと、壮亮の上着の首のあたりを掴み上げ、ズボンと体の間に挟まった短刀を取り上げる。

 そしてそのまま、壮亮を突き出すようにしてグイグイと引っ張っていく。


「ま、待ってください!俺は、何もしてない!!」


「はいはい。わるいひとは、みんなそうやって、ゆーの」


 ジタバタと暴れてみようとする壮亮。

 しかし、衛兵に上着ごと軽く体を持ち上げられているせいで、上手くいかない。


「これ、なんですか!?タイホですか?令状はあるんですか!?」


 ドラマや映画で聞きかじった知識で必死に抵抗する壮亮。

 ふざけているようにしか見えないが、壮亮本人はいたって真剣だ。


「令状?ああ、じゃあ俺が令状でいいわ」


 衛兵が必死の抵抗を二つ返事で、いい加減にあしらってくる。

 意味不明である。


「そんなの横暴だーー!!」 

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