8.異世界での新たな人生
「おい、アンタ。大丈夫か?」
「え?あ、はい……」
異世界の街路の端で、建物の外壁にだらしなくもたれかかり、哀愁を漂わせている俺。たまに、通りすがりの異世界の住人が、訝しげながらも、一応、心配して声をかけてくれる。やさしいせかい。
「イタイ……。おふくろさんが……痛い……」
くっそ……。あのクソガキめ。
小学生の頃、ふざけて金的をやったことは何度もあるが、さっきのはそんなもんとは比べ物にならねぇ。
あれは《男の男》を殺す殺人術といっても過言ではない。
今ここで確認するわけにはいかないけど、果たして俺のおふくろさんは無事なんでしょうか?
はひん……。
……
それはそうと、これからどうしようか。
時間とともに、徐々に痛みが引いてくると、冷静な思考が思い浮かんでくる。
さっきのクソガキともみくちゃになった路地裏から、道に迷いに迷って表通りまで出てきたのは良いが、ここは俺が異世界転生してきたとき、最初に立っていた石橋のある通りとは全然違う場所だ。
まぁ、最初と同じ場所に戻れたところで、何かアテがあるわけでも無いのだが。
「ハァ」
小さく溜息をつく壮亮。
右手で背中側の腰あたりを服の上から触っているのは、先ほど、盗人の少女ともみ合いになったとき、彼女が落としていった短刀と鞘を拾い、ズボンと体の間に挟んで隠しておいたものを気にしているからだ。
ふん。あのガキには悪いが、これはいざというときの護身用に使わせてもらおう。
きっとこの世界には、お前みたいな輩がウロウロしているんだろうからな。
正直、人のモノを盗んだことと、凶器を隠し持っていることで居心地が悪いが、今はそんな小さいことを気にしている場合ではない。こうでもしないと、命が危ないんだ。もう一度死ぬのは嫌だし。
でもさ、これ、現実世界でいうところの《職質》されたらアウトなやつだよな。
タイーホ待った無し。
……まぁ、いいや。ここは異世界なんだし、そんなに気にしなくても大丈夫だろう。とりあえず、歩こうか。
アテもなく、かといってじっとしているのも落ち着かず、とりあえず異世界の街路を行き先も無いまま、とぼとぼと歩き始める壮亮。
道行く異世界の住人たちが、グレー色スウェットにビーチサンダル姿の壮亮へ好奇の視線を向けてくる。たまに、「どこから来たの?」だとか、「見たことない外国人だな」だとか、すれ違いざまに声をかけてくる者がいるが、そのたびに壮亮は、乾いた愛想笑いだけをしてお茶を濁す。
……それにしても、異世界転生かぁ。本当にあるんだな。
俺は、確かにあのとき、現実世界で強盗に襲われていたし、どう考えても無事じゃ済まないほど、ナイフで刺され、ズタズタに切り刻まれていた。
あれじゃ、どう考えても死んでいるだろうし、やはりここは転生したとでも考えるほか無い――
――あ、そうか。ひょっとすると、ここは天国?
いや、地獄かもしれないが、死後の世界だというのなら納得がいく。
あそこで座っている白髪の老人も、向かいから歩いてくる猫耳少女も、もとは俺と同じ世界で暮らしていた地球人なんだろうか。
「ね……ねぇ、君さ!」
「はにゃん?」
「フヒッwwひ、ひょっとして…生前はアキバでコスプレしてた人、とかですかな??」
猫耳の少女に声をかける不審者こと佐久間壮亮。
一瞬、驚いたような顔をした猫耳少女は、耳を寝かせ、首をかしげて困惑する。
「あー!?そっかぁ!そうじゃなくて、その顔は、うちの近所でよく日向ぼっこしてた猫ちゃんの生まれ変わりかぁ!フモッフwwww」
「何を言っているのかわからにゃいけど、暑さでそれ以上頭がおかしくなる前に、医者に診てもらうにゃん」
軽蔑するように目を細めた猫耳少女は、厄介払いするように何度か手を払い、壮亮から離れていく。
「あぁ……」と、溜息をついてうなだれる壮亮。
たとえ相手が異世界のケモミミ少女であっても、女の子に軽蔑されると、くよくよと考え込んで落ち込むお年頃である。
「そんなわけないよなぁ……。どうやらここは、本当にただの異世界みたいだ」
《ただの異世界》とは。
自分で口にした言葉だが、意味が分からなくてモヤモヤする。
まぁ、今はそんな細かいことを気にしている場合じゃあないや。
まずは、どうにもこうにも始まってしまった俺の異世界転生生活を、最低限、健康で文化的なものにするため、どうすればいいのか考えよう。こっちの世界での生活の基盤が出来たあとで、謎解きでも、冒険でも、なんでもしてみれば良い。
せっかく生まれ変わったんだ。クズみたいなニート生活を送っていた俺も、この世界でやり直せると考えれば、決して悪くない話じゃないか。
目指せ!億万長者!!はたまた、世界を救う孤高の英雄!!
道の真ん中に立ち尽くし、遠い空を片手で指差す壮亮。
苦手な太陽光線よりも、道行く人々の視線が、痛い。
……さて。これから何をするにしても、まずはお金が必要だよなぁ。
さっきのガキもカツアゲ・ビッチだったし、異世界とはいえ、まさかタダで飯が食えるような甘い世界ではあるまい。
“ジュゥー”
異世界の屋台。
鉄板の上で、得体の知れない軟体動物が丸焼きにされている。
愛嬌のある顔をしているが、あたりには、縁日のお祭りにイカ焼き屋が出ているときの良い匂いが立ち込めている。
「ゴクリ……」
生唾を飲み込む壮亮。
そうだ、俺は腹が減っているんだ。
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