7.油断大敵
「隠そうたって、無駄だぜ。さっき確かめたんだ。あんたの身体から、小銭の鳴る音が聞こえた」
……しまった。そういうことか。
背筋が、ゾッとした。
さっき、このガキがいきなり俺の背中を触ってきたのは、俺が金を持っているか否かを確かめるためだったんだ。
そして、このガキは、俺からカツアゲするためだけに、こんな人気の無い入り組んだ路地裏まで俺を誘導した。まるで、獲物を騙して自分の巣穴に誘い込み退路を絶って確実に喰らう――狡猾な昆虫や動物のように。
それを何が覚醒イベントだ、俺のバカ。こんなスラム街で、無用心にもほどがあるだろうが。
「さあ。有り金全部出しな。逆らおうってんなら、容赦しねぇ」
少女が、懐から刃物を取り出す。
「あ……」
胸が、ドクンとざわめく。
刃物。
殺される。
嫌だ。
死にたくない。
「さあ、さっさと金を――」
「うわああああああああああああ!!!!」
身を低くした壮亮が、少女に向かって突進する。
決死の体当たり。
無残に死んでたまるものか、と。
本能だけで、勝手に身体が走り出す。
「うわぁ!?いってぇ……ッ!」
少女が、数メートル後ろに吹き飛んで尻餅をつく。
少女は、一瞬、鈍痛に表情を歪ませるも、すぐに鋭い表情で壮亮を睨み付ける。
「てんめぇ……!ふざけた真似しやが――」
そして、少女が、狩人たる自分を突き飛ばした小賢しい獲物を罵倒しようと睨み付けたとき、既に形勢は逆転しており、獲物が狩人にその牙を剥こうとしていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
少女の取り落とした短刀を素早く拾い上げ、華奢な身体の上に覆い被さる壮亮。
血走った眼に、切れ切れの息づかいで、震える両手で掴んだ短刀の先端を、少女の眉間へゆっくりと運ぶ。
「……っ!」
銀色の切っ先が迫ってくる。
息を飲む少女。
透き通るような翡翠色の瞳をまん丸にして、壮亮の手をがっしりと両手で掴んで押し返そうとする。
そして、さきほどまでの威勢はどこへいったのか、怯えた子犬のような表情でキャンキャンと喚く。
「ま……待って待って待って待って!!?」
「やらないとやられる、やらないとやられる、やらないと……ッ!!」
ほとんど正気を失っているであろう壮亮。血走った眼をしながら、その手に握ったナイフへ意識を集中させ、自己暗示をかけるかのように「やらないとやられる」という台詞を繰り返す。
恐らく、現実世界で確かに刻まれた彼のトラウマが、心の中で反芻しているのだろう。
少女の押し返す力を打ち破ろうと、今は祈りを捧げるように両手で掴んでいる短刀の柄を、左手だけで掴み直し、その真上から右手の掌を押しつける。
銀色の切っ先が、さらに少女の顔に近づく。
「や、やだぁあああ!!?ごめんなさい、ごめんなさい!!殺さないで!!!」
「――にーちゃん、お願いっ!助けて!!――」
「!?」
――走馬灯―――
現実世界での、家族との思い出がフラッシュバックする。
この少女にそんな意図は無かっただろう。
ただ、もう少しで少女の断末魔になるところだったその台詞は、壮亮の正気を取り戻すには十分だった。
「俺は……何を……?」
……俺は、短刀を少女の眼前から外し、力なく両手をぶらりと下げる。
視線の先では、自分の妹よりも幼く見える金髪の少女が、涙と鼻水でくしゃくしゃになって震えている。
俺は……俺は、こんな幼い少女を殺そうとしたのか……?
だって、死にたくなかったんだ……。
でも、俺が……そんな恐ろしいこと……本当に……?
“ドンッ!!”
悶絶。
股間に衝撃を受けて、一瞬、息が出来なくなる。
俺の身に、何が起こったのか理解したときには、走り去る少女の後ろ姿が見えた。
一瞬、気を抜いた隙に《強烈な一撃》を喰らってしまったのだろう。
「ちきしょう!!お、覚えてろぉ!?ばぁーーーーか!!」
捨て台詞を吐き捨てて走り去る少女。
俺は、両手で股間を押さえたまま、恨めしい視線で、その後ろ姿を追う。
そして、ヤツが角を曲がって後ろ姿が見えなくなったところで、震える息づかいで「ふぅーっ」と、長く大きい溜息をつく。
「忘れるわけねーだろ……。バカが……ッ!」
あの。これ、コンビニで刺されたときよりも痛くないですか……?(涙)
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