6.少女の巣

 苔むした道路の両側を挟む石造りの無骨な高層住宅。

 路上に所狭しと並んだ粗末な露店。

 天気は晴れているが、街の道は薄暗く、じめじめと湿っぽくて、時折、道行く街の住人に肩をぶつけそうになる。


 すれ違う異世界の住人たちは、明らかに日本人ではないし、中には人間かどうかすら怪しい風貌の種族も見え隠れする。

 道端の露店では、ターバンを被ったインド人のような格好の老店主が、客と思わしき岩石のごとくマッチョな身体の大男と談笑し、高層住宅の三階の窓からは、魔法使いのような帽子を被った瓶底メガネのおばちゃんが身を乗り出して、干した布団を杖で叩いている。


 何か妙な動物の鳴き声が聞こえたかと思えば、俺の後ろからダチョウとも違う、銀色の羽根の生えた大きな鳥のような生き物が追い越してきて、器用に人混みの隙間を縫って行ってしまった。

 背中に荷物が積んであったから、多分馬みたいな扱いなのだろうアレは。

 

「ちゃんとついてきなよ。はぐれても、探してやんねーからな?」


 例の金髪ロリが、振り向いて意地悪な笑みを浮かべる。

 冗談じゃない。こいつとはぐれたら、きっと俺は生きてはこの街から出られないだろう。


 それにしても、彼女はいったい俺をどこへ連れて行く気なんだろうか。

 相手がいくら自分よりも年下であろう華奢な少女とはいえ、見ず知らずの人間の言いなりになってついて行くことが不安なのは確かだ。


「なあ?俺をどこに連れて行くんだ?」

 

「ここ、右な」


 少女が右の路地を指差して先導する。俺が尋ねたはずの、行き先についての返答は、無い。

 どこへ行くかは知らないが、一人で見知らぬ土地を歩いていたら、間違ってもこんな狭い道に入ろうとは思わないだろう。


「あのさ。もう一回聞かせてもらうけど、どこ行くんだ?」

 

 先ほどから、前を歩く少女に質問しているつもりなのだが、反応は無い。

 正直、気は進まないが、今はこの少女を頼るしか俺に選択肢は無いし、同じ事を三度も聞く気にはなれず、狭い路地を進む少女の後ろ姿をただ仕方なく追いかける。

 一体、この先に何があるっていうんだ?


 ああ。例えば、この先には金髪ロリの家があって、そこまで案内してくれたうえ『今日はうちに泊まっていきな』的な、優しい世界が待っているのか?

 はたまた、実はこのロリ、異世界の神の化身かその使いで、この先にある聖域まで辿り着いた暁には『おお勇者よ、よくぞここまでたどり着いた』みたいなノリの、覚醒イベントが俺を待っているのか!?そうなのか!?


 不安ながらも、異世界転生という、ラノベやアニメで流行りのジャンルを実際に体験し、少々浮かれている俺は、緊張した表情を少しだけ緩ませる。

 

 しかし、そんな俺の心情とは裏腹に、周囲の景色はどんどん湿っぽく、薄気味悪さを増していく。

 狭い路地、苔むした石畳、湿った生暖かい空気と水の滴る音。 

 だんだんと、街の喧騒や人の気配が遠のいてくる。

 

 そして、さらにしばらく進むと、路地に入る前の騒がしい露店街の雰囲気とは打って変わって、辺りが静寂に包まれる。

 無論、周囲に人の気配は無く、四方には建物の壁がそびえ立っており、ただでさえも薄暗い街の空がさらに遠く感じる。


「あれ、行き止まり……?」


 立ち止まって辺りを見渡してみるが、路地はここで行き止まりになっていて、これ以上どこかへ進むことはできないように思える。

 んんん……??もしかして、ガイドが迷子なのか?


「ええと……あはは……?道、間違ったん……?」


 とりあえず、愛想笑いをしながら、首を傾げてみる。

 ひょっとしてこの金髪ロリ、ドジっ子属性持ちですかな?

 まぁ、それはそれで……。


「いいや?ここらへんまで来ればもういいだろ」


 金髪の少女が、ゆっくりとこちらへ向き直る。


「なっ……」 


 驚くほどの無表情。

 

 氷のように冷たい表情の少女が、静かに唇を動かす。


「にーちゃん。金、持ってんだろ。ポケットの中」

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