4.猟奇的な運命

 絶対にヤバイとは思いつつ、壮亮は無言のまま、明らかに苛立っている声がする方向へ、恐る恐る顔を向ける。


”ザクッ、ボトッ。ザクッ、ボトッ”


「見られた……。目撃者……目撃されちゃったよ……?」


「あーあ……。あーあ。ああー、あ~……!アアアアアアアアア゛ッ!!!」


 視線の先では、誰がどう見ても、頭のイカれた奴としか思えない男一人が、コンビニのレジカウンターの内側で、天井を仰ぎながら溜息混じりに何かをブツブツと呟いている。

 真夏にライダースジャケットを羽織り、目出し帽を被ったその男の右手には、凶悪な見た目の、ナイフのような刃物が握られていた。

 そして何故か、左手に持っている1房のバナナを皮ごと切っては床にぼとりと落とし、切っては落としと、不可解な動作を繰り返しているようだ。

 本当に意味が分からない。こんなの絶対おかしい。


 分かりきっていたことだが、レジカウンターの前の床では、血まみれの店員が倒れており、ピクリとも動かない。

 いや、《もう動かなくなった》というのが正しい。彼女の虚ろな視線は、壮亮の足元に向けられたままだ。


 ――逃げろ。お前も殺されるぞ?――


 壮亮の本能が、彼自身に向けて叫ぶ。

 しかし、壮亮の足は、コンビニのタイル張りの床に強力な接着剤か何かで貼り付けられてしまったかのように、びくともしない。自分の足元に水たまりができるのではないかと思うくらいに、冷や汗が噴き出ているのが分かる。


「あーあ……おしまいだぁ……」


 そう呟いたライダースジャケットの男が、茎の部分だけになったバナナをポイと放り投げた。

 バナナを投げ捨て、空いた左手で、天を仰いだまま、目出し帽で隠れた顔を覆う気の狂った殺人犯。あいつ、笑ってやがる……。


「くっくっ……クククク……」


――今だ!!逃げるなら、今しか無い!――


 直感で判断した壮亮が、男と反対方向へ走り出す。レジの前を通って、最短距離で出口まで行くよりも、一端店の奥を迂回した方が安全だと、そう考え、コンビニの店内を全力で駆ける。


「逃ぃがすかぁああああああ!!!」


 身の毛もよだつ雄叫びを上げた男が、驚異的な跳躍でカウンターを飛び越える。

 男は、壮亮の後を追って店の奥に行こうとするも、すぐに踵を返して出口へ先回りして行く。

 結果、コンビニの窓際の雑誌コーナーで、その距離僅か十メートルほどで正対する壮亮と殺人犯。


「ひっ」


 目論見外れて進路を塞がれた壮亮が、転びそうになりながら踵を返す。背後からは、高笑いをする男が、棚の雑誌にナイフを突き立てたまま、“バサバサバサバサバサバサバサバサ”と、けたたましい雑音を立てながら、迫ってくる。


「ヒャァーッハハハハハハァーーーー!!」


「うわあああああああ!?」


 神さま仏さまご先祖様ッ!

 俺、真面目になります!ニートやめます!なんでもします!!

 だからお願い、ここで死ぬなんていやだ!誰か助けて下さいッ!!!


 顔中鼻水と涙まみれのクソニート、佐久間壮亮。

 スケートでバランスを崩して転びそうになったようによろけながらも、必死の想いで、なんとかコンビニのトイレに逃げ込むことができたようだ。

 トイレの内側からドアの錠をかけ、金属製のドアノブを激しく震える手でガッチリ押さえ込む。


“ドンッ!!ドンドンドンドンドン!!”


“……ドォンッ!!ドォンッ!!!!”


 トイレのドアが、恐怖に震える壮亮の手よりも、さらに激しく振動する。外側からドアが蹴られるたびに、その揺れが大振りになるのが伝わってくる。


だめだ、壊れる。

ドアがこっちに倒れてくる。

だめだ、だめだ、だめだ!!

殺される!殺される!!いやだ、死にたくない!!!!


“バァンッ!!!”


「あああああああああああああああああ!!!?」


「キャーッハハハハハハハハハハァ!!!!」


 トイレの内側に倒れたドアの隙間から、出口に向かって、壮亮が手を伸ばす。必死に逃げ出そうと、手を伸ばす。しかし、壮亮が伸ばした手は、血濡れのレザーグローブにがっしりと掴まれてしまい、ドアの下から引きずり出される。


 コンビニの床に身体を叩きつけられ、うつ伏せになって悶絶する壮亮。


「しねッ!しねッ!死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ……馬乗りになった殺人鬼が、俺の背中にナイフを突き立てている。

 何度も、何度も。

 狂ったように笑いながら。


 俺は、ただ、ただ、言葉では無い《何か》を絶叫し、自分の身体と人格が、痛みと恐怖に支配され、歯車に巻き込まれたボロ切れのように、壊れていくのを感じた。


 痛い、痛い、痛い。

 熱い、熱い、熱い。

 怖い、怖い……コワイ……


“ザクリ、ザクリ、ザクッ……”


 あ……だんだん、意識が遠くなってきタ……


 俺……死ぬんだ……?


 こわい……こわい……さむイ……


 もう、何も……感じ……ナイ…………

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