3.生得的防衛本能

 信号機のある交差点から少し歩いたところで、コンビニの看板が見えてくる。

 真夏の午後の日差しに当てられ、先ほどまで険しい表情だった壮亮も、『やっとか』といった面持ちで、少し表情が和らいだ様子だ。

 蒸し暑い炎天下から、冷房の効いた涼しい店内に避難できると思っただけで、心に活気を取り戻す。 


 自宅からコンビニまでは、距離にして、おおよそ六百メートルくらいだが、随分と長い間、歩き続けた気がする。

 額には汗の粒がくっついている感覚があり、入店する前につい、服のどこかに汗が滲んでいないか確認してしまう。

 

 自動ドアが開くと、生ぬるい風と涼しい風の混合気が、複雑に壮亮の肌をなでる。

 そして、ドアが開くと同時に流れる気の抜けたメロディは、ついにコンビニまで辿り着いたことを告げるファンファーレにも聞こえる。


 生き返るぅ~。


 きっと誰かと一緒に来ていたら、そんな台詞を口にしていただろう。

 まぁ、一緒に出かける友達などいないのだが。 


 手早く、漫画コーナーで新刊チェックを終えると、清涼飲料水の冷蔵庫を横目に、弁当コーナーへと急ぐ。俺は腹が減っているだけなんだ。

 しかし、途中にあるアイスクリームのオープン冷蔵庫が目に留まってしまう。

 蒸し暑い店外に出たら、こう、真っ先に包装を破って、ちべたいアイスをしゃぶるとだな……うむ。タマランチ会長。


“ズサ……ガサッ……”


 ……服の擦れる音。誰かが店内を歩く音の、それでは無い。

 

 続けて、コンビニの床が、“キュッ”と鳴る。まるで、人間の皮膚でモップ掛けでもしているかのように。

 

「あ……あ……ア……」


 新作のアイスクリームを品定めする壮亮の視界の隅に、人影が蠢く。

 誰かがこちらを見ている。

 

 不自然なことに、それは床を這うように。

 そして、苦しそうに。


 ……え?


 この不可解な事態を防衛本能が認識したことで、その場に固まってしまう壮亮。

 彼の背筋を、冷たいものがじわりじわりと這い上がったかと思えば、それは“ゾワッ”という不快な感覚となって、一気に身体中へ拡散する。


「タス……ケテ……」


 やばい。


 やばい。


 絶対ヤバイ。


 俺、今の状況を全然理解していないし、今そこで虫の息みたいな声を上げてる誰が、どんな風になっちまってるのか、見てもいないけど、これだけは分かる。

 確実に、ヤバイやつだ、これ。


「おい」

 

 レジのカウンターあたりから、若い男の声。

 きっと、誰かがこちらを見ている。

 そいつは、俺を呼んでいる。


「見ただろ」


 絶対、ヤバイ。

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