1.ウジ虫グレーのクソニート

 ホワイトカラー。

 これは、オフィスで働く人間が着ている服、いわゆるワイシャツの襟が白色であることになぞらえて、事務職系の労働者を表した言葉のひとつだそうだ。


 ブルーカラー。

 こちらは、工場のような現場で働く人間の作業服の襟が青色であることが多いため、そういった肉体労働者のことを指している。


 俺は、どちらかといえばホワイトカラーだろう。

 なぜならば、俺は外に出て力仕事をする必要なんてないし、居心地の良いマイオフィスでキーボードを叩いているだけでご飯が食べられるのだから。


 俺は、仕事中に海へサーフィンへ出かけたりもする。

 俺の仕事は、インターネット上の掲示板やWEBサイトを巡回して公共の電波の安全と秩序を維持する崇高な任務の遂行なのだが、やはり、それなりにストレスが溜まるものだから、任務継続のため、そんな小休止を挟むことも重要な仕事のうちだ。

 まぁ、海といっても実際の海ではなく、電子の海ってやつだから、パンピーの皆さんにはわからないでしょうね?フフッ。


“ドンドンドン!”


 ああ……そんなことより、お腹がすいたよ。

 聞こえるかい、下々の者よ?

 君たちよりも上の階層で暮らす、この俺の思し召しが!


”ドンドンドンドン!”


 くたびれたスウェット姿の少年が乱暴に床を蹴る。

 少年の髪はボサボサに伸びていて、目の下には大きな隈ができている。

 昼間なのにカーテンを閉め切った薄暗いゴミだらけの部屋でパソコンに向かうみすぼらしい少年の姿は、まさにステレオタイプな《アレ》である。


“ドスドスドス……!”


”バンッ!!”


「うるッさいわね!このクソニート!!」


 乱暴な足音を立てて階段を上ってきた少女が、勢いよく少年のオフィスの扉を開け放つ。今にも噛み付きそうな表情で少年を睨みつけながら、床に散らばっているゴミを蹴散らして部屋の中へズカズカと入っていく。


「おい!ノックくらいしろよ!飯は!?」


 不機嫌そうに少女を睨みつける少年。

 しかし、少年の視線が少女に向けられると同時に、彼の顔は、恐怖に歪むことになる。


「おい、やめ――!」


“シャッ!”


 少女が、窓のカーテンをこれまた勢いよく開け放つ。

 夏の午後の、眩しい太陽の光が室内に射し込んで来る。


「ろぎャアァァァ!目が!目がぁぁ……!」


 椅子から転げ落ちて、どこかで聞いたような台詞を喚き散らしながら床をのたうち回る少年。

 そして、その姿をゴミを見るような目で見下す少女。


「ご飯なら、もう片付けたから。バカ兄」


 ニートのステレオタイプのような恰好をした汚い兄とはうって変わって、艶のある黒髪に、健康的な肌の妹は、きちんとアイロンがけされた青色のポロシャツを着ており、これからまさに外出しようと、可愛らしい黒猫の顔を模したショルダーバッグを肩にかけている。


「へへ……。そうかよ、ブルーカラー。だったら、出かけるついでにコンビニでメロンパン買って来いよ」


 ニートが床に這ったまま不敵な笑みを浮かべる。

 顔立ちこそ、どことなく似てはいるものの、同じ遺伝子を共有する兄妹とは思えない立ち振る舞いである。


「は?嫌よ、自分で買いに行けば?それに、ブルーカラーって何」


「俺のためにせっせか身体を動かす肉体労働者のお前のことだよぉ!!」


 ニートの目に星が走る。

 普通なら、首の骨が二百本くらい折れてもおかしくないほどの威力の蹴りであった。

 それでもなお、兄のこめかみあたりに容赦ない踏み付けをグリグリと食らわせる妹。


「誰があんたのために働くって……?あたしがブルーカラーなら、あんたはウジ虫グレーかしら……!?」


「いででででッ!?や、やめろ、まひろ!きっと後悔するぞー!?」


「クズニートの兄一人殺したところで、達成感しかないわ!!」


 再び、ニートの目に星が走る。

 普通なら、前歯が七百本くらい砕けていてもおかしくはない。


 後ろ姿で中指を立てながら、妹まひろが部屋から出ていく。



 ……フッ。俺の名前は佐久間壮亮さくまそうすけ


 まだまだ、多少は気取ったりもしたいお年頃だが……


 自他ともに認める、ニート予備軍の《クズ》である。

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