今、私の心の中には炎だけがある
[ジャック視点]
怪我が完治した俺は全身全霊で走った。足に全ての力を込める。力強く一歩、一歩地面を蹴りつけて地面を進んでいく。
「愛! 先生! 待っていろよ!」
俺はさらに走るスピードを上げる。足をバネにして地面を飛ぶように進む。もっと速く、もっと速く。
「俺が絶対に助ける!」
俺の声は空に溶けて消えていった。
[現実]
先生が電撃を纏った剣を振り上げる。雷が悲鳴のような音を立てる。私は力強く先生の瞳を見つめる。そして、
「お父さんの瞳は青空みたいに澄んでいる」
その瞬間、先生の動きが止まった。
「お父さんが肩車してくれるのが好きだった。まるで空に近づいたような気がしたから」
先生の表情が苦痛で歪んだ。
「やめろっ! なぜお前が娘との思い出を知っているっ!」
先生は剣を床に落とした。絨毯の緑色に銀の剣が映える。
「お父さんはいつだって私のヒーローだった」
先生は頭を抱えてうずくまる。
「やめてくれっ!」
「お父さんは強くて、いつも私のことを守ってくれる」
「やめろっ!」
「お父さんは、絶対に悪に屈しない」
「頼む。やめてくれ」
「お父さんは、私のことを守ってくれる正義の味方」
私は痛む体を気力で起こした。あちこちから血が吹き出て、痛みを伴って発熱している。
「先生の娘は、きっとこんなこと望まない」
私は先生の剣を拾うと、そっと渡した。
「あなたは私にとって実の父親より大きい存在だった。一緒に娘さんの仇をとりましょう」
先生は剣を握りしめた。彼の瞳にもう濁った何かは見えない。透き通るような綺麗な青い瞳は空によく似ていた。
プシュっ。
次の瞬間、遠くから飛んできた矢のようなものに、先生の体は貫かれた。一瞬だった。痛みも何もない。先生の体に大きな黒い穴が空いた。黒い穴からは風が吹き抜ける。空っぽになった心を表しているようだった。
悪意の塊を飛ばしたのは、私の実の父親だった。
「うそっ! そんな。だめっ!」
私は倒れこむ先生を抱えた。
「まだ助かる。ジャックが間に合えば全部嘘にしてくれる!」
この状況を打開できるのはジャックの“オレオレ詐欺”以外ない。
「ダメだ。あいつの能力はお前の体を治すことに使ってくれ。最初、俺はお前ではなくあいつを装備する予定だった。チート能力使いで、お前よりも才能がある。ジャックが来たらお前の傷を治療してもらうんだ」
「そしたら先生が死んじゃう」
「お前は俺よりも強い。お前が王を倒せ」
「お願い死なないで。お父さん!」
私は血の繋がらない父親を抱きしめる。彼の体温は次第に冷たく変わっていく。
私はジャックとの約束を思い出した。
「ああ。俺は約束を決して破らない。絶対に助けに行く!」
私はジャックが紅葉の前で言ってくれた台詞を脳に鮮明に描いた。
「ああ。約束する。俺はお前がピンチに陥ったら必ず助けに行く! 何があってもお前のことを守るよ!」
彼は絶対に来ると言った。
「お願い! ジャック! 早く来てっ!」
そして、私と先生の背後にある扉が勢いよく吹き飛んだ。大きな炸裂音とともに外側から壊された。扉の鉄板はひしゃげてぐしゃぐしゃになっている。凹んで曲がって、力でその形を無理やり変えられた。
こんなことをできるのはジャックしかいない。
「ジャック?」
そして、扉の奥から誰かが出てくる。ゆっくりと玉座の中を進んでくる。足音だけが静かに、響く。沈黙を砕くその音はとても心地が良かった。
「娘を頼んだぞ」
先生は扉から入ってきた人物にそう言い残すと私の腕の中で死んだ。私の頬を冷たい涙が滑る。
私のことを助けに来てくれた人物は、剣を抜く。切っ先をまっすぐに王様の顔に向けた。
そして、その人物は言った。
「俺のつるぎは悪を砕く」
私のことを助けにきたのは、思いもよらない人物だった。
天蓋から差し込む陽の光は、剣の切っ先にぶつかって砕ける。解けた光の束は玉座の中を駆け回る。それはまるで希望の光が、絶望を飲み込んだみたいだった。私の心の中を汚すカビは全て焼き尽くされて灰になった。
今、私の心の中には炎だけがある。
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