伏線回収。 あの時のあの人の正体
[?]
目を開けると、そこは床も天井も見渡す限りの白色だった。久遠に続く白色は、群青色の空よりも美しくて、見渡す限りの星空よりも透き通っていた。まるで世界から色という色を全て奪い去ってしまったかのようだ。
「桜」
背後から誰かが私に声をかける。
私は後ろをゆっくりと振り返る。視線が回転し、白い世界をゆっくりとなぞる。そして、
「桜って私のこと?」
「ええ。あなたの本当の名前よ」
そこには、あの時の女性がいた。ジャックのふりをして、私に近づいてきた女性。私に街を案内してくれた正体不明の女性。あの時と変わらず、紫紺色のローブが彼女の魅力を引き立たせる。
「あなたがこの世界の女神様なんでしょ? お母さん!」
しばらくの沈黙が音を立てて流れた。だけどその沈黙は嫌な沈黙ではなかった。
「少し歩きましょうか」
そういうと、この世界の女神様は白い世界を歩き始めた。私も彼女に寄り添うようにして歩き始めた。二人分の足跡は、継ぎ接ぎだらけの私の人生を少しだけ美しいものに変えた。
「お母さんはなんで私とパパを捨てたの?」
会った時に聞こうと思っていたことを聞いた。
「捨てるしかなかったの。女神は自分の生活を捨てなければならないというルールがあるの」
「どうして女神様になろうと思ったの?」
「この国からホームレスをなくそうとしたからよ」
「無くせた?」
「失敗したわ」
「そうよね」
「私は、王女としてこの国をずっと見てきた。努力に努力を重ねて、民の貧困や、不幸、苦痛を取り除こうとした。だけど無理だった。いくら努力しても、次から次へと犯罪がはびこり、ルールを破る人が現れる。何をどういう風に頑張っても、常に否定され、批判され続けた。暴行、恐喝、強盗、オレオレ詐欺、窃盗、殺人、戦争。それらの全てが私たち王族のせい。私たちの努力不足だと非難されたのよ」
「そう」
「私たちは一生懸命頑張った。この国の民の幸せを心から願った。だけど、うまくいかなかったわ。あなたも経験があるでしょう? どれだけ一生懸命必死で頑張っても、どれほど努力しても、世界で一番頑張っても、並みの成果すら出なかったことが」
「ええ。何度もあったわ」
私は電撃を装備しようとしたことを思い出した。全ての力を注ぎ込んでもうまくいかなかった。
「そんな時、私は女神の使者から次の女神にならないかと持ちかけられた。私は嬉しかった。やっと努力が認められたと思った。そして、あなたたちを捨ててこの国を救おうとした」
お母さんは立ち止まって私の頬に手を当てる。
「でも、私がいなくなったことで、あの人(王様)はおかしくなってしまった。そして、この国にはびこる貧困はより大きいものとなったわ。あの人のことはあなたが止めてあげて」
「わかった。お母さん、私そろそろ行かなきゃ」
私の瞳から大粒の涙が落ちる。白い肌を滑った涙は地面にぶつかりその身を砕く。
「桜、いえ、今は愛だったかしら?」
「ええ。私は愛よ」
「その名前には何か意味がこめられているの?」
「世界で一番強い力の名前よ!」
そういうと私はお母さんのことを思いっきり抱きしめた。生まれて初めての母親の感触は温かくて優しかった。もどかしいほどの幸福感が私の体の中を満たした。
「今からあなたは現実の世界に戻るわ。そしたらすぐに目の前にいる人にこう言って」
そして、女神様は私にあることを告げた。私はそれを黙って聞いていた。
「さあ、あなたを元の世界に戻すわ」
「助けてくれてありがとう」
「いいのよ。愛、あなたがこの国からホームレスを消して! 女神になってもいつでもずっとあなたのことを見ていた。私は知っている、あなたは何があっても決して諦めない!」
「うん。ホームレスは諦めたらそこで死ぬ。私は最後まで諦めないわ!」
そして、周囲の世界が徐々に揺らぐ。白い世界がさらに白く輝く。床も空も目の前にいる女性も私の体もまばゆいほどの光を放つ。発光し、まるで光そのものが蒸発しているようだ。目が焼けるように熱い。瞼を閉じていても、光で網膜が焼き切れそうだ。輝く世界は色を失い、元の世界に戻った。私の心の底に沈殿していた何かは、色とともに消えて無くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます