醜い嘘


第四章 ホームレスを装備しました


[ジャック視点]

「待っていろよ! 愛! 先生!」

俺は、走りながら今までついた数々の嘘を思い出していた。俺は卑怯者だ。俺は自分が被害者であるかのように嘘をついた。あたかも自分が傷つけられたかのような嘘をついた。一つ嘘をつくと、そこからまた新たな嘘が生み出された。まるで、永遠に増殖し続ける黒いカビのようだ。

俺の中にある罪悪感は掌の形をしている。いつだってそれは、俺の心臓を握りつぶす。嘘をつくたびに心を痛ませる。傷ついて軋んだ心はもう治らない。


玉座の前まで来ると、俺は扉の取っ手に手をかけた。この扉の奥で、今まさに先生と愛が戦っているのだろう。

その時、不意に心の中の後悔が膨れ上がった。俺はそれらの後悔に打ち勝てるように大声をあげた。

「オレは、卑怯者だ!」

胸の中に隠していた真実を口に出す。

「オレは、嘘をついた!」

言葉は喉を切り裂いて飛び出る。

「オレは、人を殺した!」

俺はそれらの真実が、嘘になってくれるようにと願った。だけど、そんな都合のいいことなど起きるはずがなかった。


懺悔にも似た何かは俺の心の中に眠る記憶を掘り起こす。


まず最初に浮かんだのは、紅葉の前で愛に言った嘘。


「ああ。約束する。オレはお前がピンチに陥ったら必ず助けに行く! 何があってもお前のことを守るよ!」


次に頭に浮かんだのは、愛と最後に会った時についた嘘。


「ええ。わかっているわ。絶対に追ってきてね。約束よ!」

愛が俺の頬に優しくキスをした。

「ああ。オレは約束を決して破らない。絶対に助けに行く!」


そして、最後に浮かんだ最も罪深い嘘。


「両親が死んだ日をいつも思い出す。あの日もこんな綺麗な紅葉が映えていた」

「そう。確か詐欺で騙されたのよね?」

「ああ。オレの両親は詐欺で騙されて死んだ。いつか必ず両親の仇を討つ。そのためにはどんな手段も厭わない」

そういう俺の瞳からは後ろ暗い何かがこぼれ出ている。隠しきれない黒いものが涙のように目から溢れているような気がした。


俺は扉に手をかけていたが、それをそっと離した。そして、俺のことをつけてきた人物に声をかける。

「俺の両親は、詐欺師に騙されて死んだんじゃないんだ。あれはオレオレ詐欺じゃない。本当に息子本人である俺が電話をかけたんだ。遊ぶ金欲しさに、両親に事故にあったと嘘をついた」


俺はその時の情景を思い出す。


「はい、もしもし」

俺が電話をかけると母さんが出た。

「オレだよ! オレ!」

「その声は、ジャック?」

「そうだ。ジャックだ。母さん、助けてくれ!」

俺が母さんについた嘘は、すぐに信じてもらえた。バカな母さんは家を売って、家具を売って何もかもを手放した。俺はそんなこと知らなかった。こんなに大ごとになるなんて思っていなかった。


俺は再び背後の人物に声をかける。

「俺に戦う資格なんて最初からないんだ。俺はただの腰抜けだ」

「知るかよ」

黒髪の少年は吐き捨てる。

「オレはお前の体力を回復しない」

その瞬間、黒髪の少年の体力が回復した。

「オレは玉座の扉を破壊しない」

その瞬間、玉座の扉が勢いよく吹き飛んだ。大きく開いた玉座への道は、俺ではなく黒髪の少年のことを迎え入れようとしている。俺は振り向いて、玉座と反対方向へ歩き始めた。

「逃げるのか?」

と、黒髪の少年。

俺は振り返ることなく、そのまま去った。もう愛にも先生にも会うことはないだろう。結局愛には告白できなかったな。

俺の心の中にまた一つ後悔が根をはった。後悔は黒い花弁を美しく広げる。それはまるで美しい黒い花のようだった。

「頑張れよ。愛」

俺の言葉が愛に届くはずなんてなかった。だけどそれでよかった。ここで俺の戦いは終わったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る