俺のつるぎは悪を砕く

「ステージワン! 発病だ! まだこの段階では大きな害はない」

彼はそう叫ぶと、力一杯剣で殴りかかる。私はその攻撃を剣で往なし、弾き、受け流す。彼の力は弱いが、私の力も相当弱まっている。剣と剣が互いを舐め合い、鈍色の火花を空に打ち上げる。輝く銀色は戦闘中でなければ、いつまでも見とれていたいほどだった。


斬撃を受けるたびに、私の体は強張る。何か見えない物に体が侵されていくのを感じる。不安や恐怖が脳の中を飛び交う。

『四十九パーセント』

無表情のアナウンスが響く。


「ステージツー! 病気は次第に広がっていく」

彼は叫びながら、連続攻撃を浴びせかける。私の剣はあちこちが欠けて、刃がいびつな形に綻んだ。対称性を失った剣は、不完全で美しい美術品のようだ。完璧な美よりもどこか欠けている方が魅力的だ。だけど普通の人はそうは思わない。常に完璧を求めて、理想論ばかり抱えてしまう。欠点だらけの人間にそんなこと最初からできるはずなんてないのに。

私の体の中に、不安が液体となって流れ込む。ジャバジャバと音を立てる不安は、空っぽの心を濡らして汚した。

徐々に具合が悪くなっていく。先ほどと違って、身体の不調が顕著に現れる。

『六十二パーセント』

アナウンスが追い打ちをかける。


「ステージスリー! 病の進行はもう止められない。もういつ死んでもおかしくない!」

彼と剣を重ねるたびに、彼の心から悲しい何かが流れ込んでくる。冷たくて、真っ黒で、寂しくて、孤独だ。それはホームレスの心とよく似ていた。

彼は、右から、左から、上から、下から、刃物を、狂気を、病気を、私にぶつけてくる。私はそれを反対方向から同じような力で弾き返す。まるで、死に向かっていく人間を必死で説得しているみたいだ。


絶望のどん底に落ちた人間は、すぐに頭に死がよぎる。どうしようもないんだ。どうすることもできないんだ。口からこぼれる絶望は、人間をより深く落ち込ませるのに。

体の不調はピークに達した。意識が朦朧と揺らぎ、立っているだけで、いや、生きるだけで精一杯になった。

『七十パーセント』

アナウンスは死刑宣告によく似ていた。淡々と事実だけを伝える。そこに優しさの欠けらなんてない。


「もうやめて。あなた、どうして私を、ホームレスを目の敵のように殺そうとするの? ひょっとしたらあなたもホームレスだったんじゃないの?」

少年は死にそうな表情で、私の目を覗き込む。


「ホームレスだから、辛さを知っているから、殺して終わりにさせようとしているんでしょ? これがあなたなりの正義なんでしょ?」

少年は、頭を押さえ始めた。

「誰もあなたのことを救ってくれなかったから、こんなことをしているんでしょ? 王様はあなたに何を与えたの? お金? 権力?」

「生きる理由だ」

そして、少年は、

「ステージフォー。完治不能だ」


彼の剣は私の剣に体をぶつけた。その瞬間、彼の病がどくどくと流れ込んできた。生き物のように、私の小さな体に滑り込む。だけど、その生き物は、死んでいるみたいだった。

病の間に、何かが見えた。それは病の中に紛れ込んでいた彼の記憶だった。


[回想 黒髪の少年視点]

「あなたはもういつ死んでもおかしくないです」

そう言われて、どれくらいが経っただろうか。もう数えるのはやめた。そんなものを数えたって何にもならない。俺は生きている死人なんだ。俺は生きているけど、もう死んでいる。


俺は生まれつき念動力という強力な能力を持っていた。最初から装備した状態で生まれたんだ。きっと両親が二人とも念動力を装備していたのだろう。俺の人生は順調だった。才能に溢れ、家は裕福だった。恵まれた人生だった。運が良かったのだ。俺の才能は遠くの国にも知れ渡った。俺は、『きっとこのまま何の苦労もせずに、幸せに生きていけるんだ』そう思った。


だけど、そんな幸福なんてすぐに消え去った。人間の人生は平等だ。誰の元にも不幸が起きる。そして、その不幸はなかなか脳裏から消えてくれない。


「あなたはもういつ死んでもおかしくないです」

その台詞は、もう何回頭の中で再生したか覚えていない。あの台詞さえなければ、俺の人生は幸せなはずだった。俺は病気になると同時に、非常に強力な能力を手に入れた。武器を媒体にして、他者に俺の病気を強制的に感染させる能力だ。


武器というのは、なんでも良かった。例えば、スプーンでも棒切れでもナイフでも。俺が武器だと思えばそれは武器だった。些細な喧嘩や、偶然が重なるとすぐに周囲の人に不幸をばらまいた。そして、両親に捨てられた。あれだけ俺のことを褒めて、持ち上げていた連中は手のひらを返すようにして、俺を見捨てた。

そして、俺のホームレス生活は始まった。


夜眠るのが苦痛だった。それはまるで死刑前夜。いつ死んでもおかしくない俺は、眠るのが怖くて怖くて仕方がなかった。一度眠ると、もう二度と目覚めないような気がした。

朝起きるのが苦痛だった、今日もまた死刑宣告を待たなければならないから。いつまでも永遠に死刑を待ち続ける。死ぬまでこの苦痛は消えてくれない。もういっそ早く俺を殺して欲しかった。そうなればこんなに苦しい思いをしなくていいのに。


物を盗むのが苦痛だった。俺は念動力を駆使して、様々な犯罪をした。物を盗み、金を奪い、食い物を手に入れた。腹が満たされるならなんでも、どうでも良かった。怪我の苦痛なんて、空腹と比べればなんでもない。脳が俺に『早く何か食え! 食べなきゃ死ぬぞ!』と、指令を伝え続ける。そんなこと言われなくてもわかっている。食わないんじゃない。食えないんだ。


泥水をすすって、ドブを漁って、ゴミを飲み込んで、俺は生き続けた。俺は生きることを諦めなかった。ホームレスにとって諦めるとは“死ぬこと”を意味する。諦めるという選択肢が与えられていなかったんだ。やるかやらないかを選べるのは幸福な人間だけだ。


そして、死人のように生き続ける俺に、その日は来た。

「お前の力がいる」

王様が俺の能力を見込んでくれた。俺は王様が集めた、“強力な装備を持っている集団”のリーダーになった。その集団のほとんどは元ホームレスだ。貧乏だったり、もっと金が欲しい人や、人を殺すのが好きな人もたくさんいた。俺は圧倒的な能力によってそいつらの指揮をとった。俺にとってそれが生きる意味だった。人生に絶望している人間になんて、簡単に取り入れる。王様は俺たちの弱みに付け込んだんだ。そんなことはわかっていた。わかっていて、従ったんだ。


自分で考えるのをやめたんだ。誰かに命令してもらいたい。そうすれば失敗してもそいつのせいにできる。悪いのは俺じゃないんだ。命令した人間が悪い。自分で考えるのをやめてから俺は心が一気に軽くなったのを感じた。躊躇なく誰かを傷つけることができるようになった。


俺が振り下ろす黒いつるぎは、正義の象徴だった。俺は何度も自分に言い聞かせた。俺が殺しているのは悪い奴らだ。だからいいんだ。王様に仇なす奴らは全員が悪だ。だから俺は悪くないんだ。

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