決戦


第三章 決戦


[回想]

「ジリリリリリリリリ」

無機質なコール音が部屋の中にこだまする。狭い部屋のなかの間隔の狭い壁に何度も反射しながら、コール音が飛んでくる。そして、

「ジリリリリリリリリ」

再びコール音がその身を爆ぜる。

「ジリリリリリリリリ」

三度目のコール音でやっと受話器を取り上げられた。受話器に感覚などないが、やっと電話に出てくれて嬉しそうだ。

「はい、もしもし」

「オレだよ! オレ!」

「その声は、ジャック?」

年老いた女性が電話に出る。

「そうだ。ジャックだ。母さん、助けてくれ!」

「どうしたんだい?」

「事故にあって死にそうなんだ。金を今すぐオレが指定する場所に送ってくれ!」

「死にそうって何がったの?」

「そんなことはどうでもいいから早く金を送ってくれ!」

「ちょっと待って、私何が何だか」

「今すぐに送ってくれないと、オレは死ぬ! 今じゃないとダメなんだ!」

「わ。わかったわ」

「母さんしか頼りになる人がいないんだ」

「もちろん。息子のためだもの。私が助けるわ」

「母さんは世界で一番の母さんだ。嘘なんかじゃいよ」


そして、その電話口の人物の心無い嘘によって、俺の両親はホームレスになり死んだ。この世界で両親のいない子供など、死んだも同然だった。俺はそのまま両親に会うことができずにホームレスになりレジスタンスに入った。


今でも夢に見るあの時の光景。うなされて、悪魔のように俺の耳元で何度もでもリピートしてくる。脳内に強烈に刷り込まれたつらい記憶はなぜこうも鮮明に覚えていられるのだろう? 幸福な出来事など、すぐに忘れてしまうのに。


[現在]

あれから二ヶ月の月日が経った。私もジャックも先生も体調は回復した。窓から差し込む光が私の虹彩の形を変える。


カメラのレンズのように絞られた虹彩からは、少量の光しか網膜に入ってこない。反転を繰り返しながら網膜に映った太陽は、まるで巨大な炎そのもの。空を見上げればいつだって頭上からアリのように小さい人間を照らす太陽。


その太陽は、私のちっぽけな体をより小さく、より矮小に、より弱く見せる。

私はベッドから起きると、服を着替え、装備を整えた。先生にもらった胸当てや戦闘靴は相変わらず、クタクタのよろよろのボロボロだった。それが私にとってはすごく嬉しいことだった。


私はじっと自分の右手のひらを見つめた。意識を集中させて電撃を装備しようとする。目を閉じ、静かに心の中で、自分が電撃を装備しているイメージを描く。だけど、何も発動しなかった。

「まただめか」

ボソリと呟くと階下に降りた。


「今日が決戦の日ね?」

「ああ。今日のホームレス狩りを防いで、黒髪の少年を倒したら、最後の決戦だ。手薄になった城に乗り込み王を討つ」

と、先生。

「俺たちレジスタンスは今や三人だけになってしまったが、向こうも相当疲弊しているはず。今を逃したら俺たちに勝ち目はない」

と、ジャック。

「行きましょう」

そして、私たちは街に向かった。この後起きる惨劇などとうに予想できていた。それでも行くしかない。短い人生の間で決断できることなど少ない。ほとんどの事象は決断の余地などないのだ。やるしかない。だからやる。やりたくなくても、辛くても、苦しくても、人間は前に進まなければならない。


そして、ホームレス狩りが始まった。


街のあちこちから火の手が上がる。黒い煤と真っ白い灰が、私の肺胞を汚す。私は焦げ臭い匂いが嫌いだ。肺の中に入り込んで、むせ返るような嗚咽を生み出す。そして、何より、辛かった昔を思い出してしまうから。かつてこのホームレス狩りで私は一度死にかけた。黒髪の少年に無残に虐殺された。


胸の中に蔓延る、黒いカビのような嫌な思い出が私の体を震わせる。これが武者震いならどれほど良かったか。今の私の体の底から沸き立つのは、黒い恐怖だった。


恐怖は私の体を粘つきながら登ってくる。足元から首筋までを這いずってくる。それはまるで生きた蛇のよう。黒い鱗に、黒い瞳の大きな黒い蛇は、私の白い肌の上を進む。私の柔らかい肌と蛇の冷たい鱗が重なり合い、気味の悪い感触を私に与える。


私はその感触に必死で耐える。今にも逃げ出したくなるのをこらえて、心の底から負けん気を引きずり出す。

「私は絶対に諦めたりしない」

気づいたら胸中の強がりは、喉を通って空気に溢れていた。

「ああ。絶対に勝とう。この戦いが終わったら何もかもが終わる」


ジャックが私の小さな肩を力強く叩く。その拍子に、私の肩に巻きついていた見えない黒蛇が何処かへ行った。


街の中心、噴水広場まで来ると、そこは地獄の底のような様相だった。民と民で賑わい、笑顔と喧騒が声を上げていた場所は、悲鳴と血が垂れ流される場所になっていた。周囲の地面は民家の破片が覆い尽くす。ガラスや木片が絨毯のように地面に敷き詰められている。噴水は粉々に砕かれて、空に向かって水柱が伸びている。空中まで伸び上がった水の塊は、飛沫を上げながら空気に溶けている。そのお陰か、噴水のそばに火はない。


粉々になった大理石の周囲には、ホームレスの子供達が身を寄せ合って泣いている。きっとどうすればいいのかわからないのだろう。


私は、その子達に駆け寄ると、

「しっかりして! 私たちが来たからもう大丈夫よ! みんなは隠れて戦いが終わるまで出てこないで!」

ホームレスの子供の中の一人が首を横に振った。怖くて身動きが取れないのだろう。

「あなた、名前は?」

子供は不思議そうな顔をする。そして、

「僕はひかる」

「じゃあよく聞いてね。ひかるくん。ひかるくんは怖い?」

「うん」

私はひかるに向かって笑顔を投げかける。

「私もよ」

「お姉ちゃんも怖いの?」

「うん。みんな怖いと感じているわ」

「お姉ちゃんはとても強いのに?」

「ええ。どれだけ強くても死ぬのは怖い。でも、私もそこのお兄ちゃん(ジャック)も逃げていないでしょ? あなたも勇気を出して! ひかるくんならできるわ」

そういうと、ひかるは立ち上がり、ホームレスの子供達を連れて逃げていった。

ホームレスの子供達が去っていく足音と対照的に、向こうから集団がこちらに向かってかけてくる足音が聞こえる。

「いたぞ! あいつらだ!」

ゴテゴテの装備に身を包んだ兵士が、私たちを見つけて叫ぶ。

そして、戦いが始まった。

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