渋谷での戦い
敵の人数は四人。そして、その全員は丸腰だった。
「ジャック! あいつら装備者ね」
「だろうな。この乱戦の中、武器一つ装備していない。にも関わらず、俺たちを発見して戦闘の陣形を作っている。何らかの装備を持っていると考えるのが妥当だ」
四人は私たちを逆卍の陣で取り囲む。四方からゆっくりとこちらを包囲する。
「逃さないつもりなのだろうけど、逃げるつもりなど最初からないわ。もちろん、逃すつもりもない!」
「やってみろっ!」
四人組のうちの一人が叫んだ。私の正面にいる男だ。そして、その瞬間、私の右肩を何かが掠めた。細い切り口から赤い血が滲む。次の瞬間、今度は左から鋭利な何かが飛んでくる。私は目を凝らして、ギリギリまで引きつけてから回避した。今度は逃さない。手でそれを掴むと、その物体の名称を言った。
「カラス?」
私が掴むと、カラスが羽をばたつかせて逃れようとする。私はそれを見ると、可哀想に感じ放してあげた。カラスは慌てて逃げていく。
なぜカラスが私に向かって攻撃してきたのか、疑問を唱える暇はなかった。カラスを逃した瞬間、足元にあったガラスが突然弾けるようにして割れた。私は瞬時に、顔を手で覆って隠す。
ジャックの方を向くと、
「ジャック敵の装備が何かわかるっ?」
だがジャックは何も答えない。じっと、反対側を警戒している。私はジャックの肩を叩いた。
するとジャックはこちらを向き直り、不思議そうな顔をしてから、口パクで何かを伝えようとした。
「何? なんて言っているかわからないわ!」
その瞬間、私は自身の体に起きた異変に気付いた。音が聞こえていないのだ。
「一体何が起こっているの?」
私は独り言を漏らした。そして、四人組のうちの別の一人、右側にいる人物がなんと地べたに寝転がって寝始めた。戦闘の真っ最中に、戦場のど真ん中で。
すると突然、目の前に知らない人物が現れ、私とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
私は戸惑いながらも咄嗟に謝った。
「チッ! 気をつけろよ」
気づいたら聴覚は元に戻っていた。
その人物は見たこともないような格好をしていた。上下とも王宮でしか見たことがないような艶のあるビシッとした服を着ている。首からはスカーフのようなものが垂れている。首元の逆三角形形の塊から、ひし形を縦に伸ばしたようなものが、垂直にまっすぐ地面に向かって伸びている。
「ったくスーツにシワができるだろうが」
その人物はこちらに聞こえるように悪態をついてそのままどこかへ行った。
私は周囲を見渡すと、
「ここどこ?」
見慣れない光景に目を奪われた。行き交う人々はまるで魂の抜けた人形のよう。人混みのど真ん中に私は剣を持って佇んでいる。目の前の大きな建造物には『渋谷』と書かれている。それが何を意味しているのかわからなかった。
「おい! ぼーっとするな!」
背後からジャックに声をかけられる。私が背後を振り返ると、例の四人組と対峙する形でジャックが剣を構えている。四人組のうち一人は相変わらず地べたで寝ている。残り三人がそれをかばうようにして陣形を組んでいる。
そして、四人組のうち一人が手から触手を伸ばしてきた。手からうねうねと伸びるベタつく生き物の腕は絡まり合いながらこちらに伸びる。私たちの周囲を舐めるように進んでくる。
「一体何がどうなっているのよっ!」
「気をつけろ! こいつら戦い慣れてやがる。全員が装備者で、間違いなく今まで戦った全てのチームの中で一番強い!」
さらに、追い打ちをかけるように戦況は悪化していく。
「今だっ! やれっ!」
敵のうちの一人が叫んだ。
叫び声を合図に、『渋谷』の街中にいた周囲の人々は一斉にこちらを向いた。そして、私たちに向かって指差した。ゾッとするほどの不気味な光景だ。脳内に不穏な影が滑る。世界中の全ての人間が、私とジャックの敵になったようだ。
先ほどぶつかった男性が、
「変身」
と言った。そして、体がみるみる巨大化して、伝承に出てくるドラゴンのようになった。
そして、次々に、
「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、
「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」、「変身」「変身」、「変身」、「変身」「変身」
その場にいた全ての人間が、巨大な化け物に変身した。巨大な蛇、巨大なハチ、巨大なミミズ、マンイーター、グリフォン、キメラ、伝記やお伽話の中でしか見たことがないようなモンスターが『渋谷』を覆い尽くした。
「落ち着いて! これだけの出来事をノーリスク、ノーコストで装備できるはずなんてないわ。間違いなく幻覚や幻の類よ! 私たちは、絶対にこの攻撃でダメージを喰らわないわ!」
そして、一斉に襲いかかってきた巨大なモンスターの群れに、私たちは一方的に蹂躙された。
どこからか声が聞こえる。久遠の先から静寂を切り裂いてまっすぐに声が届く。
「大丈夫か? しっかりしろっ!」
私は恐る恐る目を開けた。ふらつく頭を回転させて起き上がる。そこにはジャックが一人で、私をかばいながら応戦していた。
「オレの攻撃がドラゴンの首を落とさない!」
次の瞬間、ジャックが適当に切った攻撃が、うまい具合にドラゴンの首の芯を捉えて、切り落とした。
「オレの背後から突然突風が吹き荒れない!」
次の瞬間、ジャックの背後から爆音と伴った暴風がモンスターを襲う。モンスターたちは一斉に遠方に吹き飛ばされる。
「オレの頭上から空が落ちてきて、モンスターだけを潰したりしない!」
次の瞬間、ジャックの頭上から固形化した空の塊がモンスターだけを狙って落ちてきた。文鎮のように重力を孕んだ空はモンスターをぺしゃんこに潰した。
ジャックはこちらを振り返ると、
「オレは愛のことを回復しない!」
次の瞬間、私の体を蝕んでいたダメージがフッと消えた。まるで、最初からダメージなど食らっていなかったかのようだ。
「ありがと。装備していたオレオレ詐欺を使ったのね?」
私は立ち上がると、服の汚れを払った。
「ああ」
ジャックの顔は先ほどと違って、灰色に曇っていた。そんな顔をしたら“オレオレ詐欺”の弱点がバレてしまう。だけど、この状況で感情をもコントロールするのは無理がある。
ジャックの装備している武器、オレオレ詐欺には致命的な弱点がある。まず、少し使いにくい発動条件がそうだ。必ず、“オレは”という台詞から始まった句点(。)で終わる一文を口に出して言わなければならない。
例、オレの攻撃は敵に当たらない。
これにより、戦況が目まぐるしく変わり、激しい火花を散らすような乱戦時にはオレオレ詐欺は使えない。あまりに早すぎる展開に、瞬時に脳の中で、詐欺(嘘)にしたい一文を考えるのは非常に困難だ。もちろん事前にシミュレーションをして練習をするのだが、練習通りにいくとは限らない。
次に、なんでも詐欺(嘘)にできるわけではない。
例、オレは敵を一瞬で殺せない。
あまりにも強すぎる詐欺は、うまく発動できないのだ。そもそもこの“どんな概念でも武器として装備できるルール”自体、この世界の女神様が作ったもの。私たちには理解できない制約や条件がある。きっと、あまりにも強いと発動できず、そのまま真実になるのだろう。つまり、台詞通り、“オレは敵を一瞬で殺せない”のだ。
最後に、人間の治療には回数制限がある。人間を死から蘇生させるには、ジャックが直接その人間の死を見ることと、その人間がまだ存命であることが必要だ。
正確には、ジャックに人を生き返らせることなどできない。死に瀕した目の前の人間の死を嘘にできるだけだ。それでも十分強いが。
例、オレがお前を殺す。
さらに、ジャックの人間の治療は後数回しか使えないだろう。おそらくこの戦いであと一度だけしか人を死から救うことができないはずだ。
そして、この能力は自身には使えない。一瞬でもジャックが死んだらそれで終わり、ジャックの命を守ることがこの戦いでも生命線なのだ。この戦いにおいてジャックを攻撃させないことが最も重要な要素だ。頭から敵の攻撃に突っ込んでいくなど言語道断。ジャックを囮にするのもダメだ。
「ジャック! 耳を貸して」
私はジャックに作戦を手短に説明した。先ほどまでジャックの突風で吹き飛ばされていたモンスターたちが、態勢を立て直し、徐々にこちらに近づいてくる。
「それで本当に上手くいくのか?」
モンスターたちは牙を、爪をギラつかせながら私たちと背後から囲む。
「時間がない。あとは女神様にでも祈って!」
そして、私とジャックは迫り来る触手に向かって頭から突っ込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます