反魂と逢魔が時と煙々羅
犬丸寛太
第1話反魂と逢魔が時と煙々羅
反魂という考え方がある。初出は私にはわからないが現在の中国にあった漢という王朝の武帝の時代からあったものだそうだ。
反魂とは名の通り魂を返すという概念だ。紐解けばいくつもの文化圏で行われてきた死者の肉体を生前と同じく保存するという事と深く関りがある。
現代でこそ土葬だのミイラだのは非合理的な埋葬方法だが、当時の宗教観や倫理観からしてみればむしろ合理的だったのかもしれない。
いつの日か、返って来る、ないし、術理を以って返す魂の器は常に現世に留めておかなければならないという事だ。
夜も更け、どれくらいが経っただろうか。月は無い。電球の切れかかったスタンドライトの弱い暖色に照らされた私の顔色はお世辞にも良いとは言えないだろう。
数年前、私は最愛の女性を失った。彼女は良く笑い、よく泣き、突然怒ったり、突然喜んだり、ふわふわとした掴みどころのない人だった。共に生きていこうと決めていた。
事故死だった。オーバードーズ。ようは薬の飲み過ぎで死んでしまった。
誰かに殺されたのならそいつを恨みながら生きていける。交通事故死なら相手を恨んで生きていける。
加害者が居ない。いたとすれば彼女か、或いは、救えなかった自分か。
私は自分を恨みに恨み抜いた。そしてきっとおかしくなってしまったのだと思う。
こうして、出自も方法も実在も分からぬ術を血眼になって何年も求め続けるくらいに。
もうおしまいにしよう。私は調査をまとめた数十冊のノートを手に荒れ果てた庭に出た。
一緒に大きくなろうと彼女が植えた柿の木は私の身長ほどに育っているが手入れなど放り出していたからか蔦植物が絡まってがんじがらめになっている。
木のふもとに腰かけ私はノートをばらまき火をつけた。私の数年が燃えていく。私の日々が消えていく。だのに、私の恨みは何処へも消えない。
これでいいのだ。私は自嘲気味にくっくと笑いながらタバコを口元に運ぶ。しまった。ライターのガスが丁度切れてしまった。間の悪い事だ。人生のようだ。
私は、仕方なしノートの燃えさしを手に取りタバコに火をつける。息を吸い込みながら空を見上げる。青みがかった空が間もなくの夜明けを示していた。
そういえば逢魔が時は一般に夕暮れと夜の間を差すが、もともとは物事の曖昧な時刻、時と時の隙間を縫って魔が現れるという所から来ているらしい。
肺にため込んだ煙を曖昧な空に向けほうと吐き出す。
煙々羅。
かまどの煙が人の形に見えるという妖怪。
彼女が見えた。そして消えた。
今の私の有様を見て、笑っていただろうか、怒っていただろうか。
死んで、ほんの少し蘇って。
散々色んな方法を試してみたのに、タバコの煙になって現れるなんて、本当、ふわふわした人だよ。君は。
花言葉は「優しさ」、「恵み」、そして。
私は柿の木に絡まった蔦を思いっきり引きちぎった。
「私を永遠に眠らせて」
やれやれ、悪かったよ。ゆっくりおやすみ。
反魂と逢魔が時と煙々羅 犬丸寛太 @kotaro3
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