夏の海!(4)

 にしても、色々と疲れたな。

 どうして海に入る前にもう疲れないといけないんだか……。


『ふむ、本当に彼の後ろで彼奴らを睨んでいただけで逃げて行ったな』


『これなら怒られる事はなさそうだな、マーチョ兄さん』


 おっと、その前にこの兄弟にはちゃんとお礼を言っておかないと。

 俺1人だとボコボコにされていたのは目に見えていたしな。


「お2人ともありがとうございます。助かりました」


『いやいや、なんのなんの。で、本当に俺達はもういいのか?』


 わざわざ来てもらったが……俺の気持ちは変わらん。

 恋も大事だが、なんの気兼ねもなく楽しく遊ぶのも大事だからな。


「先ほども言いましたが、これ以上は……」


『本当の本当に!? 後悔しない!?』


 うるさい女神だな。

 後悔なんてしないよ。


「本当の本当だし、後悔なんかしない。そろそろ俺はみんなの所に戻りたいから、この話はここまでだ」


 これ以上は付き合いきれん。


『む~……』


 メイティーはまだ納得がいかないって顔をしている。

 もう無視だ無視。


『メイティー、あまり人の子を困らせるものじゃないぞ』


 そうそう、マッソーさんはよくわかっているじゃないか。

 ただ……その台詞は4月くらいから言ってほしかったです。


『しかし、我々もこのまま天界に帰るのもな……。よし、メイティー、人間界を案内してくれ』


『はっ?』


『おおっそれはいいアイディアじゃないか、マーチョ兄さん! 俺も人間界を見て回りたいぞ』


『えっ!?』


 2人の発言にメイティーが目を白黒させている。

 メイティーも予想外だったらしい。


『ちょっと待って! よく考えて、アタシ達は見えないのよ? それに観光場所なんて全然知らないし……』


『別に俺等の姿が見えなくて観光は出来る。場所もお前が熱心に調べていた場所もあるじゃないか』


『いや、それは恋愛スポットやデートの場所で……』


 そんな場所に神野さん似のメイティーとマッチョの男が2人。

 うーむ、相手は神だし神野さん本人じゃないけど……なんか複雑な気分だな。


『ほれ、つべこべ言ってないで行くぞ』


『嘘でしょ!? アタシは海で遊――』


『レッツゴー!』


『いやぁああああああああああああああああああ!!』


 メイティーが、マーチョさんとマッソーさんに抱えられて連れて行かれた。

 あの状態だともはや逃げ出すことは不可能だな。


「……まぁ別に放っておいても良いか」


 俺に迷惑は掛からないし、みんなの所に……ん?

 神野さん、香夏子、星木さんの3人がさっきいた場所から動いていないぞ。

 もしかして、俺を心配して待っていたのかな?

 だとしたら、なにかヒーローみたいでかっこいいな。


「コホン……おーい!」


 だからといって、変にカッコつけると引かれそうだから無難に手を振りながら、笑顔で3人の所に歩いて行こうっと。


「あっ春彦が帰って来たわ」


「種島くん、大丈夫だった? 怪我とかしていない?」


「見た所大丈夫そうだねぇ」


 女子3人が駆け寄ってきた。

 おお……このシチュエーションはテンションが上がる!


「大丈夫、大丈夫。どこも怪我をしていないし、あいつ等もちゃんと話し合ったからもう心配ないよ」


「そう、良かった~」


 香夏子が心底安心したように笑顔を見せて来た。

 よほど怖かったみたいだな。

 これはさっさと義秋の所に戻って、パーッと遊んだ方が良さそうだ。


「じゃあ、義秋の所に行こうか。場所はあっちの岩場の方で……あの赤いパラソルの所だ」

 

 それに、またナンパしてこられると今度は追い払う自信が全くないしな。




「遅い、お前等何をやっていたんだ?」


 パラソルだけじゃなくて、浮き輪にボールも空気を入れてくれてある。

 全部1人で準備させちゃったのは申し訳ないな。

 後でジュースでも奢っておかないと。


「すまん。ちょっと色々あったんだ」


「色々?」


 義秋が首をひねっている。

 んー……俺からその色々を説明するのもなんだかな。


「私達がナンパされちゃっててね。そこを春彦が助けてくれていたのよ」


「……え? 春彦が? 嘘だろ!? もしかして、サクラでも雇ったんじゃないのか?」


「うっ!」


 鋭い。

 サクラではなかったけど、ある意味そうなりかけていたから何とも言えない。


「あっははは、春彦に限ってそれは無いわよ」


 ――グサッ!

 うぐっ! 心に何か刺さる音が……。


「そうだよぉ明らかに地元の人みたいだったしぃ」


 ――グサッ!

 ぐはっ!


「種島くんはそんな事をしません」


 ――グササッ!

 ぐあああああああああああ!

 神野さんの言葉と笑顔が一番心に突き刺さる!!


「それもそうだな。いや悪い、変な事を言っちまった」


「いっいや、気にすんな……アハハハハ……」


「よし、みんな揃ったしさっそく海で遊ぼうぜ!」


「「「お~~~!」」」


「おー……」


 罪悪感のせいでテンションがダダ下がり。

 果たして、俺は楽しめるのだろうか。



「……うう」


 楽しめるとか、それ以前の問題だった。

 最初は5人で和気藹々と遊んではいたが、俺の体力はすぐに尽きてパラソルの下でダウン。

 これは明らかに運動不足だ……夏休みは筋トレとかした方がいいかもしれんな。


「ハ~ル、大丈夫? コーラとお茶を買って来たけど、どっち飲む?」


 ……香夏子だ。

 わざわざ飲み物を買って来てくれたのか。

 これはありがたい。


「じゃあ、お茶を貰おうかな」


「お茶ね、はい」


「サンキュー。――んぐんぐ……ふぅー」


 あー冷たくて生き返る。


「あは、おいしそうに飲むね~。よいよっと」


 ん? 香夏子が俺の横に座ったぞ。

 俺らの中で一番体力があるのにどうしたんだろう。


「どうしたんだ? 何処か具合でも……」


「どうもしないよ。ただ、ちゃんとお礼言いたかっただけ。さっきは助けてくれてありがとう」


 正直、そのお礼はちょっと素直に受け取れないな。むしろ心が痛い。

 でも、だからと言って無下にも出来ん。


「おっおう……気にすんなって。助けるのは当然の事だしな」


 ここは無難な言葉で返しておこっと。


「……それは、私一人でも?」


「へっ?」


 なんだ、その質問。

 なんでそんな事を聞くんだ?


「ああ、香夏子や星木さん、神野さんが1人の時でも助けるさ」


 かなり勇気と決心が必要だがな。


「そっか、それは嬉しいな…………あのさ、ハルは……」


「ふえっ! 香夏子ちゃん!?」


 香夏子が俺に何かを聞こうとしていたが、神野さんのすっとんきょんな声にかき消されてしまった。

 どうやら、神野さんも休憩で戻って来たみたいだが……今の声は何だ?


「命、どうしたの? 両手に紅茶なんか持って……」


「えっ? こっこれは……その~……喉が渇いちゃって、自動販売機で買ったら当たりが出て2個ゲットしたんだ」


 へぇ~それは運がいいな。

 俺は今まで自動販売機で当たりなんて出た事が無いのに。


「ふぃ~遊んだぁ遊んだぁ~」


「みんな上がっちまったし、ちょっと休憩するか」


 おっ星木さんと義秋も海から上がってきた。


「あっ美冬ちゃん、紅茶飲む?」


「おおぉ~ありがとう~」


「……あれ? 皆飲み物を飲んでるけど、俺の分は?」


 うーん、なんか俺が休んだことでみんなに気を遣わせちゃったかな。

 やっぱり体力は付けないと色々と駄目そうだ。


『はあああああもう~疲れたよ~』


 あの2人に解放されたのか、やかましいのも帰って来た。

 思ったより早く解放されたな。


「あっそういえば香夏子、さっき何を言いかけたんだ?」


「ん? ん~……それはまた今度にするわ」


「……?」


 何だったんだろう。

 まあ、また今度でいいのなら重要な話でもないか。


『……いやいや、まだ疲れたとか言ってられない! 勝負は夕方! さあ、この台本をしっかり読んでおきなさい!』


 メイティーが国語辞典並に分厚い台本を出してきやがった。

 表紙には【海の夕日で、愛を叫ぶ】って書かれている、何処かで聞いた事あるようなタイトルだな。

 しかし、こいつは大きな思い違いをしているみたいだからそれを伝えねば。

 耳打ちできるように呼び寄せて……。


『ん? 何?』


(バスの時間の都合上、夕日が出る頃にはここにはいないぞ)


『……ええっ!? 嘘でしょ!? じゃあアタシの徹夜は何だったのよ! うわぁああああああああん! 海のバカやろおおおおおおおおおお!!』


 メイティーが海に向かって泣き叫んでいる。

 けど、その叫び声はむなしく海のさざ波に消されるのであった。

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