その時を待つ(3)
『ありゃ、貴方ってば怪我しちゃったの? うわ~痛そう~……』
そんなにジロジロ見ないでくれ。
俺は見世物じゃないんだから。
「種島くん、大丈夫? ……このハンカチを使って」
「え、あっ」
神野さんがハンカチを取り出して、俺の傷に当ててくれた。
にしても、このハンカチって結構高そうなんだけど……。
「そんな事をしたら、ハンカチに血が……」
流石にちょっと気が引ける。
「いいの、気にしないで」
いや、俺が気になっちゃうよ。
血は洗っても中々落ちないし、これは新しいのを買って返した方がいいよな。
同じ柄が良いのか……別の方がいいのか……うーん。
「歩けそう? 支えようか?」
おっと、今はそんな場合じゃないか。
ハンカチについては後で考えよう。
「っっ……大丈夫、歩けるよ」
とは言いつつ、結構辛かったりする。
傷だけじゃなくて、打ち身もしたみたいだ。
だが、ここで弱った所を神野さんに見せたくない。
頑張ってくれ、俺の足よ。
※
やれやれ、保健室がここまで遠いと感じたのは初めてだ。
骨までいっている感じではないが、当分は足をまともに動かせないな。
『だいぶ辛そうに歩いているわね。仕方ないな~アタシに任せない』
任せる?
一体なにを任せろというんだ。
体を支えてくるのだろうか。
『アタシも治療魔法を使えるから、その傷をちゃちゃっと治してあげるわ』
え? いやっちょっと待ってくれ、その気持ちは嬉しいが今怪我を治すのはまずい!
明らかに治りが早すぎるから神野さんに怪しく思われるじゃないか!
ここは拒否しないと。
「ちょっと待った!」
「え? あ、ごめんなさい。歩くのが速かったかな?」
「あっいやっそのっ……」
違うんだ、神野さん!
神野さんに言ったんじゃなくて、その横に浮いている女神に言ったんだよ!
ああもう、説明できないのがつらすぎる。
「……ごめん」
謝る事しか出来ない。
「? 別に種島くんが謝る事じゃないと思うんだけどな……」
神野さんが謝る事でもないんです。
とにかく、メイティーにはやめろって目で訴えるしかないか。
「ジー」
『何よ、その目は……もしかして、治癒魔法を辞めろって言いたいの?』
そう! それだよ!
良かったーなんとか通じたみたいだ。
『安心しなさい。すぐに終わるし、貴方から治療費をとろうだなんて思っていないわ』
通じてねー!!
『それじゃ~ちょちょいの……ちょいっと。これで、よし』
よくねぇよ!!
確かに怪我の痛みがなくなったけど、これは良くない!
『アタシに感謝しなさいよ~』
出来ねぇよ!
この先の事が目に浮かぶから、到底感謝なんて出来ない!
「先生はいるかな? 失礼しま~す」
神野さんが保健室の扉を開けて、中を覗き込んでいる。
メイティーに気を取られていたから、保健室へ着いた事に全く気が付かなかった。
『ん? 保健室……あっ! そうか、人間界で治癒魔法は……』
やっと気が付いたのか。
あまりにも遅すぎるがな。
『えと……貴方、もう一度怪我をしなさい!』
そんな事出来るか!
……いや、でもしないといけないのか?
だからといって、また痛い目をするのも……うーん……。
「ん~先生はいないみたいね……。あっでも安心して、保健委員は救急箱を使ってもいい事になっているから。中に入って手当をしましょ」
手当の必要はなくなったんだよな。
つかよくよく考えたら、後ろに浮いている奴がいてもいなくても関係ないじゃないか。
どの道、保健室に先生が居たら2人きりになれなかったんだし。
何がドキドキの展開なんだ……。
「……うん」
さあ、どうする。
どうするよ、俺。
『あわわわわ!』
後ろの奴も焦っているのか、変な踊りを踊っているよ。
「そこの椅子に座ってて。え~っと、救急箱はこの棚に……あったあった」
神野さんが救急箱をもって、こっちに来た。
もう駄目だ、考えている暇がない。
「それじゃあ消毒をするから、ハンカチを取って……あれ、傷がない?」
ハンカチとその周りに血が残っているものの、傷は綺麗さっぱり無くなっている。
ついでに打ち身も治っていたりする。
「どうして? あんなに血が出ていたのに……」
くっこうなったら!
「ほっほんとだ! かっ神野さんのハンカチってすごいね! 押さえていたら血が止まったよ! ありがとう!」
もう勢いで誤魔化す。
我ながら苦しすぎるとは思うが、これしか思いつかない。
「えっ!? 普通のハンカチだったんだけど……ん~よくわからないけど、また傷が開くといけないから消毒して包帯をまくわね」
「あっうん……」
神野さんが首をひねりつつ、手当てを始めてくれた。
『ふぅ~良かったわ。なんとか怪しまれずに済んだわね』
あの状況で、よくそんな事が言えるな。
どれだけ頭の中がお花畑なんだか。
「これでよしっと」
「…………ありがとう」
神野さんって、意外に不器用なんだろうか。
ガッチガチに包帯を巻いたせいで、足は曲がらないし血が止まっている感覚がある。
かと言って、せっかく巻いてくれたものを指摘するのはなんか悪いし……仕方ない、しばらくはこのままでいよう。
「……」
「……」
なに、この沈黙の間は。
やっぱり、俺から話しかけるべきか?
でも、なにを話せばいいんだ?
……やばい、話題が全く思いつかん。
『……保健室……男女……ハッ! これって聖書に描かれていたシーンと同じじゃない! という事は、時が来たわ! 今すぐそこベッドへその娘を押し倒すのよ!』
アホか! 出来るわけがないだろ!
そんな色ぼけた聖書なんてさっさと捨ててしまえ!!
「…………あのさ、種島くんって猫好きなの?」
「へっ?」
どうして、こんな事になっているのだろうか。
「さっき香夏子ちゃんから聞いたの。種島くんが猫と仲良くなりたいって」
ああ、体育館裏でごまかしの時か。
好きというか、苦手なんだけど……こんな会話をしてくるという事は、つまり。
「そう! だから、野良猫とも仲良くなりたいなーと思って」
「そうなんだ~私も猫が好きなんだ」
よしよし、思った通りだ。
選択肢は正解みたいだ。
にしても、神野さんって猫好きだったのか。
なら、苦手を克服しないといけないな。
「前猫を飼っていたんだけど、今はお母さんが好きなチワワを飼っているの。アレキサンダーって名前なんだ」
あのチワワって、そんな名前だったのか。
見た目とは裏腹にすごいゴツイ名前だな。
『
しっかりと新情報をスマホに打ち込んでいる。
俺も今後の為に、この情報は覚えておかないと。
……そう考えると情報を得るのって大事だな、誕生日の事もあるし。
これからは、それとなく香夏子や星木さんからも神野さんの情報を手に入れる様にしよう。
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