その時を待つ(2)

 とはいえ、メイティーの言う事にも一理はあるところはあるんだよな。

 前の理科の授業の時、あの時は三馬鹿の邪魔が入ったが、もし邪魔が入らずあのまま神野さんの隣にいられたとして俺は行動が出来ただろうか。

 いや、出来なかったに違いない……あまりしゃべれずに授業が終わったと思う。

 時とタイミングも大事だけど、俺自身がその時に行動を移す様にならないと駄目だよな。


「あっやっぱり。春彦の声がするな~と思ったら居たわ」


 え?


『あら?』


「……香夏子!?」


 体育館の小窓から、香夏子が顔を出して俺を見ていた。

 メイティーの話を聞いていて全く気が付かなかった。


「いっいつからそこに? つか、なんでそんな所にお前が居るんだよ!?」


「なんでって、次の授業は体育だからその準備の為よ」


 ああ、なるほど。

 俺のいる位置は体育館の中にある倉庫前だったのか。

 体育館裏に人が居ないと完全に油断していた。

 そうだよな、外に居なくても中にいる可能性はあるに決まっているじゃないか。


「そういうあんたこそ、こんな所で何しているのよ?」


「えっ? そのは、その……」


 まずい。

 こんな人気のないところで、俺一人いるって状況は非常にまずい。


「ああっ!! まさか、あんた、タバコか何かまずい事でもしていたんじゃないでしょうね!? 最近、休み時間になるとどこかに行っていると思ったけど……」


 だよな!

 やっぱり、そう思っちゃうよな!


『えっ、貴方そんな事をしていたの!? 駄目じゃない、タバコを吸ってもいいのは20歳以上からよ!』


 いや、お前はいつも俺を見ているだろうが。

 なんでそんな考えになっちゃうんだよ。


「違う! 誤解するな! 俺はなにもしていない! ほら、タバコの臭いもしないし、俺の周りにもなに落ちていないだろ!?」


『むむむ……そういえばそうね』


 頼むからお前は黙っていてくれ。


「スンスン……確かに……じゃあ、こんな所で何をしていたのよ?」


「うっ……」


 確かにとは言っているが、香夏子の目は相変わらず怪しんだままだ。

 女神サマと話してましたー。

 なんて、正直に話したところで信じてもらえないだろうし、余計怪しまれるだけだよな。

 何かないか……何か……。


 ――ガサガサ


「ん?」


 茂みから何やら音が……。


『わ~猫だ~! おいで~おいで~……あれ? 何なのよ~この子ったら、アタシの方を見向きもしな……あっそうか、アタシの姿が見えないから当たり前か』


 へぇー動物にもメイティーの姿は見えないんだ。

 いや、今そんな事はどうでも……ハッ! そうだ、これはグッドタイミング!

 こいつを使えばうまく誤魔化せるぞ。


「猫だよ、猫! ほら、あそこにいるだろ?」


「猫?」


「にゃ~ん」


「あっ本当だ~かわいい~!」


「最近、見つけたんだよ! で、どうにか仲良くなれないかとちょくちょくここに顔を出していたんだよ。おーい、猫ちゃーん! こっちにおいでー!」


 これなら、ここに居ても不思議じゃないだろう。


「……プイッ」


 猫にそっぽを向かれて、どこか行ってしまった。

 とっさの事とは言え、そんな事をされるとなんか傷つくな。


「ありゃどこか行っちゃった。もう~駄目じゃない、もっと優しく呼ばないと」


 うるせぇよ。

 とっさだったから、そこまで考えられなかったんだよ。


『そうそう、だから奥手になっちゃうのよ』


 うるせぇよ。

 それとこれとは話が違うわい。


「それよりもさ、早く着替えないと体育に間に合わないわよ?」


「あっ! そうだ、こんな事をしている場合じゃない!」


 急いで、教室に戻って着替えないと。

 体育の下谷先生は怒ると怖いんだよな。


「自分からここに来ていて、何言っているんだか……」


「香夏子ちゃん、窓なんか開けてどうかしたの?」


「いやね、春彦がいたの」


「へ? 種島くんが? なんで?」


「猫がいたから、仲良くなりたかったんだってさ」


「へぇ~種島くんって猫が好きなんだ……そっか~……」


「……ん? むしろ苦手だったような……まっいっか」



「くそっ! これで怒られたらお前のせいだからな!」


 急げ急げ。

 着替えをメイティーに見られているが、今は気にしている場合じゃない。


『なんでアタシのせいなのよ~』


 こいつの愚痴も無視無視。

 ……よし、着替え完了。


「それじゃあ、俺は体育に行くから! あと弁当2個持って来ているから、1個好きな時に食っていてもいいぞ!」


 間に合えー!


『せわしないわね~……今小腹が空いているし、少し食べちゃおっと』



「――っ!」


 体育館に滑りこんだが、どうだ。

 下谷先生は……無いっぽいが。


「ハルルンよかったねぇ、まだ下谷先生は来てないよぉ」


「そうなんだ……ふぅ……」


 何とか説教を回避できたみたいだ。

 あー良かった。


「まだというか三馬鹿がまたやらかして説教しないといけないから、先にやっててって言われたの。今日の体育は体育館を半分わって、男子はフットサル、女子はバスケだってさ」


 ああ、それで香夏子が先に来て準備していたのか。

 ……じゃあ別に急がなくてもよかったのでは?

 おのれ香夏子の奴、わざと焦らす事を言いやがったな。



「パスパス!!」


「いけ~! 香夏子ちゃん!!」


「いけえぇ~!」


 俺のプレイを神野さんに見て貰いたかったけど、運動神経抜群である香夏子のプレイに完全に持っていかれている。

 まぁ俺のプレイなんて凡人……下手をすればそれ以下だから、どの道見てはもらえないか。

 香夏子みたいに運動神経抜群で動けたらなー。


「種島、パス!」


「え?」


 しまった!

 余所見をしていたから、足元にボールが転がって来たのに反応できない。

 このままじゃ、ボールを踏んづけてこけ……。


「――はぶっ!!」


 ……ってしまった。


「種島!? おい、大丈夫か!」


「つぅ~……」


 右膝が燃える様に熱くて痛い。

 滑る様にこけたから、体育館の床の摩擦で火傷の様な擦り傷が出来てしまった。

 中々血が止まらんぞ。


「うわ……これはまた痛そうだ……」

「何々?」

「どうしたの?」

「誰か、ハンカチかティッシュ持っていないか?」


 男子が集まり、女子も何事かとこっちを見ている。

 ただでさえ、ボールを踏んづけて転んだってだけで恥ずかしいのに注目されるのはもっと恥ずかしい。


「だっ大丈夫、こんなの押さえておけばすぐ止まるって」


「何を言っているんだ、流石にそれは保健室に行った方がいいって。えーと、保健委員は……」


「あっ私! 私が保健委員だよ」


 神野さんが、俺の傍に駆け寄ってきた。

 これって、あれか? よく漫画とかにある怪我をしてしまって、ヒロインと保健室で2人きりになり、ドキドキの展開――。


『何々? どうしたの? 何があったの? ねぇねぇ!』


「……」


 ――にはさせて貰えないらしい。

 どうしてこんな時にすっ飛んで来るんだよ、この女神サマは!?

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