その時を待つ(4)

 おっと、情報も大事だが神野さんの話に返事をするのも大事だよな。

 チワワを飼っているのは知っているけど、そこはミスをしないぜ。


「へぇーチワワを飼っているんだ」


 知らないふりをする。

 よくある展開の一つに、飼っている事を知っているような素振りをしてしまって不振がられるというのがあるからな。


『あっ嘘を言っちゃ駄目よ。名前はともかく、チワワを飼っているのは知っているじゃない』


 そう、こいつみたいに素直過ぎるのもよくない。

 まぁ嘘をつくのは良くないのはあってはいるが……この場合は仕方ないだ。


「うん、すごく可愛いよ~」


 じゃあ今度見に行ってもいい?

 と、言えない自分が情けない。

 こうー喉までは来ているんだが、口に出すまでの勇気がない。


「ああっ! でもでも、猫も可愛いよね! うん、すごく可愛い!」


「うっうん、そうだね」


 なんかやたら強く主張してきた。

 そんなに神野さんって猫好きなのかな?


『この感じ……なるほど、貴方! 今すぐ猫を飼いなさい!』


 無茶苦茶な。

 そもそも、俺のマンションはペット禁止だっての!


「そうだ、猫と言えば駅前に新しい猫カフェが出来たのを知ってる?」


「あーそれは知らなかった。そうなんだ」


 最近、駅前には行ってないから知らなかったな。

 まぁどの道、猫に興味が無いから素通りはしていただろうけど……。


『ん? ……ハッ! これよ! これがその時だわ! ハルヒコ、その猫カフェに一緒に行こうって誘いなさい! 今すぐ! 早く!』


「んな!?」


「きゃっ!」


 そっそれってデートに誘えって事か!?

 いきなりそんな事を言われても!


「――っびっくりした~。いきなり変な声を出して、どうかしたの?」


「え? あっ……」


 しまった。

 メイティーのとんでも発言で、つい声が出てしまった。


「ごっごめん。そこのシミが虫に見えて、つい声を出しちゃった……」


「あ~あのシミ? クス、あの驚き様、種島くんってよっぽど虫が苦手なのね」


「そうなんだよ。あは、あはははは」


 とっさに出た言い訳で誤魔化せたが……虫が大の苦手と思われてしまったな。

 これで、また変な誤解が生まれてしまった。

 にしてもメイティーの奴、いきなりまともなアドバイスを言って来るとは……明日は雨でも降るんじゃないか?

 でも、確かにメイティーの言う通りだ。

 ここで誘わなければいつ誘うって言うんだ!


「あっあのさ、神野さん……」


「ん? なに?」


 頑張れ、俺!


「その、よっ良かったら……その猫カフェに……俺と……」


 ――ガラッ


「……お? 神野じゃないか、どうした?」


「あっ先生」


 どうしてだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 どうして、このタイミングで保健の先生が帰って来るんだよ!!


「種島くんが怪我をして、手当をしていました」


「そうだったのか。なんかきつく包帯が巻かれているが、大丈夫か?」


「……はい……だいじょうぶです……」


 怪我はそこの女神の魔法によって綺麗に治っていますし。

 それよりも、今は心が折れています。


「? 大丈夫ならいいんだが、この包帯の巻き方は良くないな。ガチガチで足を曲げられないだろう」


「……えっ!?」


 神野さんが驚いた顔をしている。

 ごめん神野さん、流石にこれに関したらフォロー出来ないよ。

 正直、つま先の感覚が無くなって来ているんです。


「俺が巻きなおしておくから、神野は授業に戻っていなさい」


「……はい……」


 神野さんがシュンとして保健室から出て行った。


「ん? ガーゼに血の跡が無いような……おい、種島。仮病を使って、女子と二人きりになろうとするのは良くないぞ」


 げっ先生に傷が無いところを見られた!


「違うんです! 怪我はしたんです! でも治ったんです!」


「……」


 信じていない。

 そりゃーそうですよねー。

 なら、言う事は一つ。


「……ごめんなさい」


 なんで、俺が謝らないといけないんだ。



 結局、今日1日は神野さんとまともに話が出来なかった。

 故に猫カフェに誘う事も出来ず……まぁ案の定、あのタイミング以外でデートに誘う根性は出せなかったけれども。


「……あーあ、サポートをするなら先生が来ない様にほしかったな……」


『ん? 何か言った?』


「この辺も変わったなーって言ったんだよ……(愚痴った所で、もうどうしようもない事だしな……)」


 そして放課後、メイティーの案により猫カフェに行く事になった。

 俺が、実は猫が苦手だと話したら『なんですって!? なら、今すぐ猫カフェに行って克服しなきゃ!』と、これまた正論を言ってきたからだ。

 明日は雨じゃなくて、雪が降るんじゃないかと思う。


「……お、タコ公園は残っていたのか」


 巨大なタコの滑り台が、公園の中央にあるのはそのままだ。

 いやー懐かしいな。


『ここに来た事があるの?』


「小学生くらいまではな。中学生くらいになってから。全然来ていなかった」


 タコ公園の目の前にあった駄菓子屋は……残念、無くなって駐車場になっている。

 ここへ遊びに来るたび、駄菓子を買って、ガチャガチャを回し、いらない物が出たら交換したりあげたりしていたな。


「……えいくんは元気かな」


『えいくん?』


「俺が小学生の頃、この公園で一緒に遊んでいた子だよ。引っ越ししたんだ」


 えいくんは隣町の小学校に通っていた子だ。

 俺は両親が共働きで帰りも遅かったから、タコ公園で夕方遅くまで遊んでいた。

 そして、夕方になるとえいくんが一人寂しそうに公園に入って来て、遊具に座っているのをよく見た。

 気になった俺はえいくんに話しかけ、俺と同じ境遇なのを知り、一緒に遊ぶようになった。

 だが、えいくんの父親の転勤により引っ越して行った。

 一緒に遊んだのは1年ちょっとくらいだったが、ちょっと舌足らずで活発な姿は忘れられない。

 俺の大事な思い出の一つ……。


『あっ! 猫カフェあったわよ!』


「……」


 人が物思いにふける所を邪魔しないでくれますか?

 全く、この女神ときたら空気をよんでほしいよ。


『ほら、早く早く!』


「はいはい、まぁ今は猫を克服する方が大事だよな」



 と、意気込んで猫カフェに入ったものの思いっきり顔を引っかかれて、余計に猫が苦手になってしまうのは1時間後の事である。

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