緊張の接近(1)

 ――キーンコーンカーコーン


 馬鹿話している間にチャイムが鳴ってしまった。

 さっさと教室に戻って……あっそうだ、次の授業は移動だった。

 こいつのせいですっかり忘れていた。


「おい、次の授業は理科室に行かないといけないから早く……」


『アッハハハハハハハ!』


 まだ笑い転げているし。

 ……こんな奴は放って急いで理科室に向かおう。



「っ!」


 セーフ……理科室には、まだ先生は来ていない。

 体育館裏から理科室が近くて良かったー。

 まぁ直接向かったから教科書とか無いから、それはそれで問題ではあるが……。


「ハルルン、遅かったねぇ。何してたのぉ~?」


 星木さんと香夏子、そして神野さんが同じ机に座っている。

 他のみんなも自由に座っているけど、理科の実験はいつも班別だよな。

 先生がまだ来ていないからって好き勝手にしすぎじゃないか?


「ちょっと、色々あってね……えーと……これはどういう状況?」


「あっこれはね、高井先生が荷物を持ち上げたら腰をやっちゃって保健室で寝込んでいるの。それで、この時間は自習になったのよ」


「そっそうなんだ」


 なるほど、それで各自好きに座っているわけか。


「おい、鍵が開いているぞ」

「マジかよ!」

「中に入ってみようぜ」


 三瓶、馬場、鹿野の三馬鹿が理科準備室の前で何か話している。

 自習で野放しになっているが、放っておいて大丈夫なのだろうか……何か起こさなければいいけど。


「何でも横永先生に頼まれて、いい所を見せようと大量の荷物を一気に持ち上げたらゴキッっていったらしいよ……馬鹿だねぇ~」


 香夏子がやれやれって感じで肩をすくめた。

 同じ男として、いい所を見せたいと思う高井先生の気持ちはわかる。

 失敗した時の情けない気持ちも……。


「あっでも前にプリントがあるから、それはやらないといけないよ」


 神野さんが指をさした先に詰まれたプリントがある。

 流石高井先生、そういう所はしっかりしているな。


「ん? 春彦さ、なんで手ぶらなの?」


 香夏子が不思議そうに聞いてきたが、遅れた上に手ぶらで来たんだから大体わかるだろう。


「……教室に戻っている時間が無かったんだよ」


「マジで? このプリントって教科書を見ないとわかんないわよ?」


 マジで?

 でも、無い物は無いからどうしようもないし……。


「……なら、適当に書くだけだよ」


 後で怒られるのが目に見えているけど、これしかない。

 まぁ何もしないよりはマシ……だよな?


「適当って……そもそも、筆記用具もないのにどうやって書くわけよ?」


「……」


 つんだ。

 結局何もしない状況になってしまった。

 いや、待てよ……シャーペン位なら香夏子から借りればいいじゃないか。

 そうだ、教科書も見せてもらえばいいじゃないか。

 馬鹿だなーなんですぐそれを思い付かなかったんだ。


「ねぇ~わたし思ったんだけどぉ~……」


「じゃっじゃあさ……私の隣の席でやったらどうかな? 筆記用具を貸すし、教科書も見せてあげるよ」


「……へっ?」


 今神野さんから、すごいラッキーな提案が出て来たんですけど。


「神野くんが良ければ……だけど……」


 そんなの良いに決まっています。

 ああ……こんな俺に優しく接してくれる神野さん、マジ女神。

 どっかのピンク頭とは大違いだ。


「それは助かるけど……俺がお邪魔していいの……かな?」


 ひよってしまう自分がいる!

 ああもう! どうして、この一歩が踏み込めないのか!


「あ~……2人はどうかな?」


「ん? 私は別に構わないわよ」


「だからぁ~……まぁいいかぁ。わたしもかまわないよぉ~」


「い、いいって……」


 香夏子と星木さんも良いって言ってくれたし、ここは行かないと駄目だよな。

 行け、俺! 頑張れ、俺!


「……じゃあ、お言葉に甘えて……プリントを取ってきます……」


 うおおおおおおおお! やったあああああああああ!

 神野さんの隣に座れるぞおおおおおおおおお!

 早くプリントを取りに行かねば!




「ん~……」


「どうしたの? 美冬ちゃん。やっぱり……嫌だった?」


「そうじゃなくてぇ、先生がいないんだから教室に取りに戻ればいいんじゃないかなぁと思ったんだけどねぇ」


「……あっ」


「確かにそうだね」


「え~と……そうだけど~……ほら、もう貸す約束しちゃったし、今更それを言うのは!」


「あ~それもそうね。いくら春彦でも今さら言うのはかわいそう」


「……ふふ。わかったわぁ、そういう事にしといてあげるねぇ」


「どっどいう事よ!」



 女子3人が和気藹々としゃべっている。

 んーやっぱり俺が入っても良かったのだろうか?

 いや、このチャンスを逃すな!


「とっとなり、失礼します」


 やばい、神野さんと過去最高の接近で心臓がドキドキしている。


「何で敬語になっているのよ」


 今はそんな事どうでもいいだろう!

 こっちとら必死なんだよ。


「はい、シャーペン。消しゴムと教科書は間に置いておくね」


「あっありがとう」


 ピンクの花柄シャーペンを渡された。

 いいのか? これを俺が使って本当にいいのか?


「えっと、ここは……」


 うおおおおおおおおおおお!

 神野さんが、教科書を見る為にさらに近くに!

 やばい! いい匂いがする! 髪の毛がサラサラしている!

 これだと、プリントに集中ができ――。


 ――ガッシャアアアアアアアアン!!


「へっ?」


 何だ?

 今何かが割れる音がしたぞ。


「なっ何?」

「どうした?」

「ん~?」


 すごく嫌な予感がする。


「やっべ、やっべ!」

「おいおい……どうするんだよ!」

「お、俺は知らないぞ!」


 三瓶、馬場、鹿野の三馬鹿が理科準備室から慌てて出て来た。

 三馬鹿、理科準備室、何かが割れる音……まさか!


「げっ! 準備室から煙が出て来たぞ!」


 ええ……嘘だろ……。

 嫌な予感的中しちゃったよ。


「これって理科室を出た方がいいんじゃないか!?」

「おい、誰か先生を呼んで来るんだ!」


 ええい、今はぼやいている場合じゃない。

 避難が優先だ。


「3人とも、早く廊下に出よう!」


「うっうん!」


「だな。ほら、美冬もボケッとしないで行くよ」


「失礼なぁボケっとしてないよぉ~」


 ああ、メイティーが居ないのに三馬鹿のせいで幸せな時間を潰された。

 どうしてこうなるんだか……。

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