<別れ-義連と永遠乃->

(何故、邪気が消えない?)

義連は、永遠乃に頼まれた翌日から、連日沼に通ってお祓いを続けた。だが一向に、邪気の消える気配が無い。

(これは、永遠乃の言う通り、封印するしかないのか・・・・?)

加えて、義連には心配事があった。

永遠乃の様子がおかしい。

日が暮れると、義連は寺まで急いで帰った。

「永遠乃?」

「あ・・・・お帰り。どう?お祓いは順調・・・・じゃなさそうだね。」

義連の表情を読み取ってか、永遠乃は小さく笑った。

「申し訳ない、どうしても邪気が払いきれないのです。」

「ね、だから手強いって言ったでしょ?」

笑いながら、永遠乃は小屋の中へと戻って行く。

ここのところ、小屋から出ることがめっきり減り、永遠乃は一日の大半を小屋の中で過ごしていた。

義連も、永遠乃を追って小屋へと入る。

「永遠乃、大丈夫ですか?」

「え?何が?」

振り返ったその顔は、透けるように白い。もともと色白ではあったが、さらに白くなったのではないかと感じる。

「ここのところ、あまり体調が良くないのではないですか?」

「心配してくれてるの?」

からかうような永遠乃の口調に、義連は頬を紅潮させて言った。

「当たり前です!」

「ふふ・・・・ありがとう、義連。僕は大丈夫だよ。それより」

言いながら歩み寄り、永遠乃は義連を抱きしめる。

「僕は義連の方が心配だよ。お祓いだって大変なのに、ずっと寝てないでしょ?夜は僕と一緒にいてくれているから。」

「私は大丈夫ですよ。あなたと一緒にいられるだけで、疲れが取れますから。」

優しく抱き返した義連の腕をやんわりと解き、永遠乃は言った。

「だめだよ、ちゃんと休まなきゃ。僕、心配で眠れないもの。今日はちゃんと休まなきゃだめだよ。それから・・・・お祓い、うまくいかないんだったら、封印しちゃえば?それでなくても、義連にはやることがたくさんあるんだから、僕の依頼にばかり手間取ってる訳にはいかないでしょ?僕だって心苦しいし。」

「そう、ですね。」

永遠乃に諭され、義連は苦笑した。

「わかりました、そうしてみます。」

「うん。じゃあ、今日はもう休んで。」

「あなたがそこまで言うのなら・・・・そうしましょう。おやすみ、永遠乃。」

「おやすみ・・・・義連。」

永遠乃は、疲れた体を引きずって本堂に戻る義連を見送った。


(ふぅ・・・・終わった。)

沼の淵に念を込めた石を置き、義連は心を込めてお経をあげた。

(早く永遠乃の元へ帰らなければ。)

手早く片付けを済ませ、義連は寺へと急いだ。

時はもう夕刻。

そろそろ永遠乃が起き出す頃。

「永遠乃・・・・永遠乃っ、封印できましたよ!」

小屋の戸越しに声を掛けるが、応答は無い。

(まだ寝ているのだろうか・・・・?)

そっと戸を開けると・・・・中はもぬけの殻。

それどころか、まるで、永遠乃という人間がそこに存在していたこと自体が夢であったかのように、小屋には埃が堆積している。

(・・・・これは、一体・・・・?)

ふと、小屋の中ほどに折り畳まれた紙が置いてあるのを見つけ、義連は小屋へと足を踏み入れた。

動くごとに埃が舞い上がる。

紙を手に取り、開いて義連は絶句した。

それは、血文字で綴られた、永遠乃からの文だった。


『お帰りなさい、義連。

それから、お願いしていた封印、終わったんだね。

ありがとう。

どうして僕が封印の成功を知ったか不思議?

それはね、僕が義連にお願いしたのは、僕の封印だったからなんだ。

ごめんなさい、嘘をついて。でも、こうするしかなかったの。

前に、僕のこと話したよね。

その時、少しだけ嘘をついてたんだ。

本当はね・・・・



「火狩様・・・・永遠乃です。永遠乃が参りました。」

沼に着き、永遠乃は低く抑えた声で、愛しい人の名を呼んだ-竹林の陰から男が姿を現す。

「よく来たね、永遠乃。」

そう言って、男は背後から永遠乃を抱きしめた。

「もちろんです、火狩様・・・・」

永遠乃は体の力を抜き、男の腕に身を委ねる。

「火狩様、本当に僕たち、逃げられるのでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも。」

「そう、ですよね・・・・」

安心したように微笑み、永遠乃は言った。

「僕、親方様に煙草を買ってくるって、出てきたんです。あんまり遅いと探しに来るかも・・・・火狩様、早く逃げましょう!」

「ああ、そうだな。」

しかし、男はいっこうに動く気配がない。

永遠乃は、焦れたように自分を抱きしめている男の腕を振りほどこうとした。だが、一瞬早く男の手が永遠乃の首にかかった。

「か・・・・火狩、様・・・・?」

目を見開いて、永遠乃は男の顔を見る。

その顔は、今まで見たこともないほどに残忍な笑みを浮かべていた。

「絶対に逃げられるさ、俺もお前も・・・・行先は違うがな。」

男の手が、じわじわと永遠乃の首を締め上げる。

「なん、で・・・・っ!」

苦しみに顔を歪める永遠乃に、男は言った。

「待ってな、今すぐ楽にしてやる。」

男の手に力が込められ、永遠乃はほどなく絶命した。

力の抜けた体が、地面に崩れ落ちる。

「兄貴、やりましたね。」

竹林の陰から、もう一人男が姿を現した。

「ああ、これで俺達も安心して逃げられるってもんだ。」

くっくっく、と肩を揺らして、火狩と呼ばれていた男は笑った。

「しかし、名前が同じってだけで、ああも簡単にコロッと参るもんですかねぇ。あの界隈じゃ評判の男娼だったんでしょ、こいつ。」

「ばーか、名前だけじゃねぇよ、この俺様の演技力さ。ま、こいつの初めての相手の名前を聞き出してきたお前の功績も認めてやるけどな。」

くっくっく・・・・男は再び笑う。

「さて、こいつから頂いた金もたんまりあることだし。さっさとずらかろうぜ。」

「兄貴、その前にこいつ、何とかしないと。」

「ああ、そうだったな。」

男はそういうと、無造作に永遠乃の体を担ぎ上げ、沼の中へと放り込んだ。

「これでいいだろう。ここは底なしだって話だからな。」

一人つぶやくと、男は沼を振り返ることなくその場を去った。

「あ、兄貴ぃ・・・・待ってくれよぉ!」

もう一人の男も、慌ててその後を追う。

後には、静けさだけが残った。

”・・・・一人でなんて、逝くもんか・・・・恨んでやる・・・・絶対に、道連れにしてやる・・・・”


ごめんなさい、義連。

沼で死んだのは、僕だったの。

道連れが欲しくて、村の男に取り憑いていたのも僕。

でも、義連が片っ端からお祓いして、お札を貼ってしまうから、僕は道連れを得ることができなかった。

だからね、こうなったらお祓いをしている義連を道連れにしてしまおうって思ったの。だって、義連ったら、全然お祓いが様になってないんだもの。あのお札には、さすがに僕も参ったけど。

思い通り、僕は義連に近づくことができた。たぶん、あと一歩で道連れに出来たと思う。

でも、できなかった。

あと一歩が、できなかった。

それは、義連が本当に僕を愛してくれちゃったから。

そして、僕が義連を愛してしまったから。

だから、義連を道連れにすることは、できない。

道連れが欲しくてこの世に留まってしまった僕は、目的を遂げることもできなくて・・・・だから僕ね、僕のお祓いを義連にお願いしたの。

大変だったでしょ?僕の恨みはすごかったから。

封印してくれてありがとう。

義連に出会えて良かった。

ありがとう、義連。

さようなら、僕の愛する人


永遠乃』


(永遠乃・・・・永遠乃・・・・っ!)

義連の落とした涙に、血文字が滲む。

(何も知らずに私は・・・・っ!)

永遠乃の手紙を握りしめ、義連は朦朧とした頭で本堂へ向かった。

(御仏に仕えながら私は・・・・あの哀しい魂を救ってやれなかった・・・・満足に、成仏させてやることすらできなかった・・・・)

絶望的な思いで、義連は目の前の大きな仏像に目をやった。

仏像は、いつもと変わらず、慈愛に満ちた目で義連を見下ろしている。その目が、義連には堪らなかった。

(何故、私をそのような目で見るのですか?何故、その慈悲を永遠乃に向けてやらなかったのですか!何故・・・・私を、道連れにしなかったのですか・・・・)

仏像の足下にひれ伏し、義連は泣いた。

肌にまとわりつく風が、秋の気配を運んできていた。

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