<出会い-義連と永遠乃->

(一体、どうしたというのだ?)

最初に村人が寺を訪ねて来てからというもの、同様の依頼が後を絶たない。義連は毎日のように、村までお祓いをしに出向いていた。

とはいえ、依頼が来るのは決まって息子のいる家で、しかも取り憑いているものの姿は未だ、義連には見えないまま。

(和尚様の居ない時に、やっかいなことが起きたものだ。これはもう、私の手に負えるものでは無いのではなかろうか・・・・?)

出掛けに和尚が渡してくれたお札も、使い切ってしまっていた。

(私は一体、どうしたらよいのだろう・・・・)

ここ数週間で何度も通った道を寺まで戻りながら、義連は途方に暮れていた。

(和尚様にお戻りいただいた方が、いいのだろうか・・・・)

山の麓の沼のほとり。

溜め息を吐きながら寺へと急ぐ義連の目に、見慣れぬ白い物体が映った。

(あれは一体・・・・?)

近づくうちに、その白い物体の正体は、うずくまった少年の姿だとわかる。

(このようなところに・・・・このような夜更けに・・・・)

義連は少年の肩に手を置き、優しく声を掛けた。

「もし、どうかされたのですか?」

振り返った少年の顔に、義連は息を飲んだ。

年の頃は、15、6歳であろうか。

この世の者とは思えないほど、儚げな美しさで包まれた少年。

溢れんばかりの涙を湛えた瞳は、驚きのせいか大きく見開かれ、怯えたような表情を覗かせていた。

義連は、言葉を忘れていた。

目が、縛り付けられたかのように、少年の顔から動かせなかった。

(この様な美しい人間が、この世にいるものだろうか・・・・)

「・・・・お坊様?」

少年の声に、我に返る。

その声すら、魅力的な響きを伴って心を惑わせるようで、義連は邪念を振り払うように軽く頭を振った。

「このような夜更けに、このような所で何をしているのですか?それに、このような薄着で・・・・」

夏とはいえ、この辺りは夜になれば冷えた空気に包まれる。しかし、少年が身に着けていたのは、薄い夜着一枚のみ。

義連は上着を脱ぎ、少年の肩にそっと掛けた。

「さぁ、早くお帰りなさい。きっと、ご両親も心配していらっしゃいますよ。」

「・・・・帰りたくない・・・・」

少年は俯き、小さな声で呟く。

「え?」

「僕、帰りたくない・・・・帰れないの。逃げてきたの・・・・お坊様、助けて!」

少年は立ち上がり、義連に縋り付いてきた。

義連の胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくる少年。

(逃げてきた?一体、どこから・・・・?)

疑問が頭をもたげたが、今尋ねたところで、少年が答えられる状況とは思えず。

義連は少年を優しく抱きしめた。

「わかりました。では、私の寺へお連れします。歩けますか?」

少年は、涙で濡れた顔を上げ、小さく頷く。

その、哀しくも艶やかな瞳に、義連は胸が締め付けられるような痛みを感じた。

(一体誰がこの子を・・・・)

心細そうに寄り添い立つ少年の肩を抱き、義連は寺に向かって歩き出す。

少年の瞳にはもう、涙は無かった。


「僕・・・・ここに入りたくない。」

本堂に入ろうとする義連の手を強く引き、少年は足を止めた。

「しかし、こうしてずっと外にいる訳には・・・・」

「でも、ここには入りたくない。」

優しくなだめても諭しても、少年は頭を横に振り、頑として本堂に入ることを拒む。

義連はため息を吐いて言った。

「一体何故入りたくないのですか?」

「・・・・怖いから。」

義連の手を握りしめたまま、少年は俯いて呟いた。

「・・・・怖い?」

「うん・・・・ここは薄暗くて怖いんだ。だから、入りたくない。」

少年の手から、微かに震えが伝わってくる。

(余程、怖い思いをしたのだろう・・・・しかし、どうしたものか。)

義連は本堂に少年を連れて行くのを諦め、辺りを見回す-丁度良い物が目に入った。

「では、あちらはどうでしょうか?」

本堂から離れた所にある小さな小屋。

以前は物置として使っていたが、今では入れるほどの物は無く、全く使っていない。

「さほど広くはありませんが、明かりも点きますので、暗くはありません。」

少年は義連をじっと見つめ、その視線を小屋へと移し、再び義連を見ると、にっこり笑って頷いた。

弾けるような、鮮やかな笑顔。だが、隠しきれない陰が、見え隠れしている。

その笑顔は、少年を保護しなければという義務感とは違う何かを、気付かぬ内に義連の心に住まわせた。

義連は少年の手を引き、小屋へと誘った。

引き戸を開けると、積り積もった埃が舞い上がる。

「申し訳ありません、ここのところ掃除をしていなかったもので。」

思わず咳き込む義連をよそに、少年は小屋の中へと入る。

「ねぇ、お坊様。僕、しばらくここに居ても、いい?」

「それは・・・・」

少年の縋るような瞳に、肯定しそうになる気持ちをかろうじて抑え、義連は言った。

「その前に、あなたの事を聞かせてください。」

少年の瞳に、初めて狼狽の色が浮かぶ。

「何故、このような夜更けにあのような場所に一人でいたのか。あなたが何から逃げてきたのか。それをお聞ききしてからでないと、何ともいいかねます。」

少年は、両の拳をぎゅっと握りしめて俯いた。

「・・・・絶対に、僕のこと助けてくれる?」

そう問う声が震えている。見れば、体も小刻みに震えていた。

「僕のこと、嫌いにならない?」

義連は少年をそっと抱きしめ、力づけるように囁いた。

「ええ、もちろんです。私に出来ることがあれば力になります。ですから、心配せずに話してください、あなたのことを。」

義連の腕の中で、少年は小さく頷いた。


明かりを点けた小屋の中、義連は少年を自分の前に座らせ、少年の身の上を聞くべく、口を開いた。

「まず、あなたのお名前は?」

「永遠乃。」

「とわの、と言うのですね?姓の方は?」

「え・・・・?僕、男だよ、これでも。」

まじめな顔で答える少年に、義連は思わず苦笑する。

「ええ、それは存じています。そうではなくて、名字のことです。」

「あ、そうか。ふふっ、ごめんなさい。僕、よく女に間違われるから。」

そう言って、恥じらいながら頬を染めて俯くその姿は、なるほど少女のようにも見える。

「あのね、僕、名字無いんだ。」

「無い、とは・・・・?」

驚く義連に、永遠乃はさらに言葉を継いだ。

「無い、っていうか、知らないんだ。だって、必要ないもの。僕に必要なのは、お客が呼んでくれる名前だけだから。僕・・・・男娼なんだ。」

切なげに微笑む永遠乃に、義連は掛ける言葉が見つからず、ただただ永遠乃の語る言葉を胸の奥深くに刻みつけることしかできずにいた。

永遠乃は、一番隠しておきたかったであろう事を言ってしまって胸のつかえが取れたのか、少しずつ、自分の事を語り始めた。

「僕、赤子の頃に親に売られたみたい、僕を育ててくれた親方の所に。永遠乃って名前は、親方がつけてくれたの。・・・・僕が初めてお客を取ったのは、10の時だったかな・・・・

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