<未連寺>
そこは、あの日-15年前と全く変わってはいなかった。
「ここに来るの、15年振りだよ。」
感慨深げに篤志がつぶやく。
「オレもだよ。」
そう言って、正太は草の上に腰を下ろした。
「えっ、正太も?何で・・・・ってまぁ、こんなとこ、そう滅多に来るとこじゃないけどね。」
篤志も、正太の隣に腰を下ろす。
二人並んで座り、目の前の廃屋を眺めた。
木造の、今にも崩れ落ちそうな、こぢんまりとした寺。
傾いた大きめの板には、かすかに『未連寺』と書かれているのが分かる。
かつては、小さくともそれなりの構えの寺であった、『未連寺』。
だが、15年前から変わらぬその姿は、この15年で崩れ落ちなかった方が不思議なほどだ。
「なぁ、なんでここに来たくなったんだ?」
「ん?あぁ・・・・実は昨日夢を見てな。」
「夢?」
「あぁ、あいつの夢。何で今頃、って思ったけど、考えたら今日なんだよな、ちょうど15年前の。」
「え・・・・ああ、そうか。今日、だったんだ。」
どこかぼんやりとした篤志の口調に、正太は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「何だよ、忘れてたのか?」
「いや、忘れてないよ。」
「ウソつけ、忘れてたんだろ。しょうがねぇよな、お前は忙しいんだからよっ。」
語尾を強めてそう言うと、正太は篤志に背を向けた。
「ったくよぉ、これだから嫌なんだ、都会もんは。薄情で・・・・」
「正太・・・・」
あの日の事を忘れた事なんて、一度も無かった。それは本当だ。そして、この5年、正太の事だって忘れた事は一日もない。ただ、どうしても時間が作れずに、ここへ帰ってくる事ができなかった。正太に会いに来る事ができなかった。
言外に、正太はそれを責めている。
困ったな、という思いよりも、篤志には正太の子供じみた態度が可愛くて仕方がなく。
背後からそっと、正太を抱きしめる。
正太の背中が、はっきりと強張った。
「んだよ、このはく・・・・」
振り返った正太の顎を片手で上向かせ、言葉を唇で遮る。
5年振りのキス。
切なくて、優しくて、温かくて、愛しくて。
想いが、体中から溢れ出す。
「正太が、好きだ。」
「・・・・何、言って・・・・」
るんだよ、バカヤロウ、と続けるつもりが、口が思うように動かない。
正太は、吸い寄せられるように篤志の瞳に釘付けになった。
と、一瞬、篤志の姿がぼやけ、幼い頃に強烈に焼き付いた青年の姿が重なる。
(・・・・この人は・・・・!!違う、そうじゃない!オレは・・・・)
ふいに言い知れぬ不安に襲われ、正太は腕を伸ばして篤志を抱きしめた。
「正太?」
「オレも、お前が好きだ。お前が篤志だから、好きなんだ。」
クスクスと、耳元で篤志が笑う。
「どうしたの、突然。そんなの、僕だって一緒だよ。だから、僕だけをずっと見ていて。僕も正太だけを見ているから。」
対する返事をキスで返し、正太は篤志を求めた。
木々は二人の姿を外界から守るかのように、枝を思い切り伸ばし、葉を生い茂らせていた。
「なぁ、憶えてるか?」
「え?何を?」
夕暮れ時のひんやりとした風が、火照った体に心地よい。
「何をって・・・・お前なぁ。」
あきれ顔の正太に、篤志はニッコリと微笑む。
「わかってるって、憶えてるよ。忘れるわけないだろ?」
「だよなぁ・・・・強烈だったもんな、あれは。」
「え?そんなに?うれしいね、そこまで憶えていてくれてるとは。」
「・・・・はぁ?」
篤志の言葉に、正太はポカンと口を開けた。
「いや、正直あの時、正太は絶対僕のこと拒絶すると思ってた。拒絶されても押し倒すつもりでいたけどね。それで嫌われたら、もう二度とこの村に戻ってくるつもりはなかったから。でも、正太は僕を最終的には受け入れてくれた・・・・うれしかったなぁ、本当に。」
目を細めて懐かしそうに語り出す篤志に、正太は顔を赤くして怒鳴った。
「あ、あれはっ、受け入れたんじゃなくて!不可抗力だっ!」
「えっ?僕のこと好きだからじゃなかったの?」
「い、いや、そう、じゃなくて・・・・」
篤志の真剣な眼差しに、正太は思わず口ごもる。
「そうじゃなくて、何?」
「・・・・うっ、うるせっ!だいたいなぁ、オレが憶えてるかって聞いたのは、そのことじゃなくて・・・・」
再び顔を赤くして言い返す正太に、篤志は小さく吹き出した。
「わかってるよ。あの人達のことだろ?」
「なっ・・・・お前、わかっててわざと?!」
「正太のムキになった顔が見たくてね。」
さらりと言って、篤志は視線を寺へと向けた。
「忘れた事なんて、一度もないよ。忘れられるはずないじゃないか。正太が僕の側にいてくれる限り、絶対に忘れない。僕が正太を最初に抱いたのも、偶然同じ日になったんじゃなくて、忘れたくなかったからあの日にしたんだ。5年前の、今日。あの日から、10年後。あの日のことは、一日だって忘れた事は無いよ。」
「篤志・・・・」
驚きの表情を浮かべる正太の顔が一瞬、あの少年の顔と重なる。
「あの日があったから、今の僕たちがあるんだ。」
篤志は、正太の頭を抱き寄せ、再び寺へと視線を戻した。
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