残愛-空蝉-

平 遊

<序章>

(あ・・・・いたいた)

大きな旅行鞄を片手にホームに降り立った篤志は、すぐに正太の姿を探し出した。

5年振りに会う正太は、最後に会った時と少しも変わっていないように見える。

「正太!」

「よぉ。待ちくたびれちまったぜ。」

篤志の声に、もたれかかっていた壁から身を起こすと、正太はゆっくりと篤志に歩み寄る。

「まーったく、相変わらず気取った格好しやがって。それに、何だこのバカでかい鞄は!」

そう言うと、正太は篤志の手から旅行鞄を奪い取った。

「あっ、いいよ、重いから。」

「バーカ、オレの方が力強ぇんだぞ。お前が持ってると、危なっかしくて見てらんねぇよ。」

「・・・・ありがとう。」

「相変わらずだな、お前。」

照れくさそうに笑い、正太は篤志の前を歩く。

「まずオレんち寄って、荷物置いてくぞ。」

「うん、わかった。」


駅からそう遠くはない正太の家の裏口から正太の部屋へまわり、荷物と置くと、正太は部屋に上がろうとする篤志の腕をつかんで、再び表へと出る。

「あー重かった。お前、一体何持って来たんだ?でかいし、重いし。」

肩をグルグルと回しながら、正太は大股で先を歩く。

「何って、服とか本とか・・・・それより正太、どこに行くんだよ?」

篤志は急ぎ足で正太を追いかけた。

「行けばわかるさ。なんとなく行きたくなってな。付き合ってくれるだろ?」

「付き合ってくれるもなにも、付き合わせるつもりだったんだろ、最初から。」

「まぁな。」

しばらく黙ったまま歩き続け、道の途中で正太は突然立ち止まった。

「何だよ一体、こんなところで止まって・・・・」

あやうくぶつかりそうになった篤志の文句に構うことなく、正太はボソリと呟いた。

「もしオレがあの日、ここを通らなかったら・・・・」

「え?」

その言葉に、篤志はあたりを見渡す。

道の右手には竹林。左手には、沼。

正太にとっても篤志にとっても、忘れる事のできない場所。

「もしオレがここを通ってなかったら、そして、あいつと会っていなかったら。オレ達今頃どうなってたんだろう。」

「そうだね。」

答えながら、篤志も同じことを思う。

(もし僕があの日ここで置いてけぼりをくっていなかったら。もし、あの人に会っていなかったら。)

「もしかして、正太が行きたい所って・・・・」

「ああ、あそこだ。」

正太は、目の前の山へと視線を投げた。

篤志もその視線を追って山へと目を向ける。

山の中の、とある場所へ。


鬱蒼と茂った草をかきわけ、道とは言えないような道を歩く-不思議なほど、迷うことが無かった。

誰かに導かれているような、背中を後押しされているような、そんな感覚。

何とはなしに薄気味悪くなり、篤志は何度か足を止めたが、そんな篤志を正太は引っ張って歩き続けた。

(あの時と同じだ。あの時僕は、あの人に手を引かれてこの道を通ったっけ。)

怖いような、懐かしいような、何とも言えない感覚に、思わず篤志は前を行く正太の腕をぎゅっと掴む。

「何だよ、怖いのか?」

「いや。はぐれないように、と思って・・・・」

「ふぅん。じゃ、そういうことにしといてやる。」

そう言って、正太は腕を掴んでいる篤志の手をほどき、その手に自分の手を絡めた。

「この方が、安心感あるだろ?」

「そうだね。」

二人は手を取り合い、黙々と歩き続けた-目的の場所に向かって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る