第5話 気になる

 なんか、今日は色々な事があったな。


 家に帰り、風呂に入った後、オレは部屋で一息ついていたところだった。


 琴葉先輩にされた事を思い出すと、今でも逆上のぼせて鼻血が出そうだ。あれをもし、コノミにされたら、と思うと……イカン! 失血死してしまう。


 首を振って煩悩を追い出す。


「よーし!! 今日も『コノミ』の動画を見るぞぉ!!」


 ベッドに寝転び、イヤホンをつけて、いつものように、登録ちゃんねるのページを開き、コノミをタップする。まず観るのは、もちろん、昨日更新されたばかりの動画だ。



 …………


 何度見てもイイ!!!! 尊い!!




 涙を流し、早くも10回見たところで、動画の端に、裏返して置いてあるスマホに気づいた。


 んんん?!


 パッと見た感じ、透明なケース。だけど、その隅に、小さく何かのマークがついている。


 おおおお!! 新しい発見だあぁぁ!!


 心を踊らせて、拡大して何度もみて確認する。


 何であるかが分かると、今日の放課後の記憶がフラッシュバックした。



 夕方の教室。


 恥ずかしそうに見あげた顔。彼女が歩いて、その手に持っていたスマホを鞄にしまう姿。


 その、ケースに描かれたものと同じ、栗の木の下に、女の子が座っているイラストだ。


 コノミと同じマーク??

 いや、たまたまか?


 いいな、あのケース。コノミと同じグッズをオレも持っておきたい!


 amozonを開いて、検索する事にする。だが、見つからない……


 携帯を置いて、腕を組んだ。


 きっと、何か限定品だったりするのかもしれないな。今度、尾田さんに聞いてみよう。


 そう思い、鑑賞を再開した。動画の最後にはいつもメッセージがある。その声が、オレにとって、1日の締めくくりだ。


『見てくれて、ありがとう』


 あれ……?


 画面の向こうでコノミが話していた。それが、放課後見た、尾田さんの笑顔と重なる。


 なんで? いつもはこんな事ないのに……


 それから、布団にもぐり込んでみたものの、尾田さんの事がどうにも気になって、なかなか眠る事はできなかった。



            ※



「テンちゃん〜! おはよー!」


 今日も、面倒だが、学校だ。

 玄関を出たところで、聞き慣れた、舌ったらずの甘えた声が聞こえてくる。


 コイツはオレの隣人の篠山桃花ささやまとうか


 茶色くて、ふわふわとした、長い髪をおろして、短い制服のスカートに、大きめの白いカーディガンを羽織っている。オレにとっては日常みたいな、ピンク色の、萌え、のある声は悪くないと思う。



「その呼び方!」

「えーいいじゃないー幼馴染なんだし。それより、その顔! また夜更かししたんでしょ?」


 桃花がオレの腕につかまり、顔を覗き込んだ。カーディガン越しに、柔らかいふたつの桃の実が押しつけられる。


 イカン。イカンぞ! これは……


「ちょっと気になる事があったんだよ!」

「どうせまた、『コノミ』の動画みてたんでしょ? もぉっ! 近くにこーんな幼馴染がいるのに、誰とも付き合わないで、そんなのばっかり……」


 2人は、駅に向かって歩いていた。そこから、3駅のところに高校はある。


「好きなんだから、しょうがないだろ? そんな事より、ひっつくなよ! 恥ずかしい!」


 桃花が頬を膨らませて、渋々と手を離した。

 

 コイツは確かに可愛い。そのせいか、よく誰かに告白される事もあるらしい。羨ましいヤツだな。


 そんな子と、腕を組んで歩いていたところを見られたら、周りのヤツに、なんて言われるか、考えただけで頭が痛い。


 だって、オレは、やっぱり『コノミ』が一番だしな!


「オレは、お前とは違って、誰からも告白なんてものはされた事がないの! それを言うなら、お前はどうなんだよ、付き合おうとおもえば、いつでも付き合えるだろ?」

「ダメ! だって、私、好きな人いるもんっ!」


 え、マジで? そんな事、初耳だな。


 オレは、桃花の顔を見下ろした。


「……それなら、オレだっているぞ? 好きな人」

「そんなの、どうせ、『アキノコノミ』とか、言うんでしょ?」


 シシシ、と笑う。


「よく分かったな!」

「当たり前でしょ」

 

 桃花がそっぽを向いて「私のことも見てよ……」と呟いた。


「なんか言ったか?」

「ううん。何でもない」


 

 電車にぎゅうぎゅうと押し込められながら、高校の最寄駅を目指す。桃花は途中で友達に会い、別行動になった。


 また、駅で扉が開く。ドドッ、と人がなだれ込んできた。


 よくこんなに人が入るもんだ。


 そう思っていると、見知った姿が、流れにおぼれるように入ってきた。あまりに小さくて、押しつぶされそうな様子を見て、オレは思わず、その子の腕を掴んで引っぱっていた。


「おはよう。尾田さん」


 驚いて目をぱちくりしている。いつもの黒縁メガネがズレていた。オレは、ちょうど良かった、とスマホケースの事を教えてもらう事にした。

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