【2】

 男は再び、同じ路を歩いていた。

 地面らしい地面などない。それでも男は歩いていた。

 やがて、記憶に新しい空白の空間に辿り着き、目当ての物がある筈の場所を振り向く。

 男は最初、驚いた。何故なら、椅子の上に人形が居なかったからだ。だがすぐに自分が目当てとする人形は、椅子のすぐ傍らで、膝を抱えて蹲っている事に気が付いた。

「今日は其処なんだ」

 男が問いかけると、人形は俯かせていた顔を上げた。

 と、同時に露になった人形の首に、記憶にない物が嵌められている事に気が付く。それは、鍵の付いた首輪だった。

「どうしたの、それ」

 男が人形に問いかけると、人形は相変わらず表情の抜け落ちた顔で、口を開く。

「夜、迎えに来るから、先約を取っている、印らしい」

「へえ」

 人形は、淡々としていた。男も、淡々としていた。

「でもそんな、物みたいに、」

「物だから」

 男の声に、人形は言葉を被せた。人の意思を感じられる、初めての発話だった。

「物だから」

 人形は繰り返し、反芻する。

「物は、人の為にあるんだよ」

「でも君は、物じゃない」

「物だから」

 男が否定しても、人形は同じ言葉を繰り返すだけだった。まるでそれが一種の枷のように、呪縛のように、人形のような子供の心理を雁字搦めに縛り付け、その意思を表に出させまいと、子供自身が自分を抑制しているようだった。


「物だから」

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