自信とは、自分を信じる力
女子高生アリアドネは、両腕を縛られたまま
「全員が人狼?」
「そうだ! 俺たち全員は人狼であって、人狼ではない」
「どういうこと?」
「いいか? このゲームには昼時間と夜時間がある。昼時間は今俺たちが起きている時間。だが夜時間の間は何をしている?」
「何って寝ているんじゃない?」
「さっきの正義が死んだ時もか? 目覚めた直後から、お前は部屋の中央に立っていただろ?」
「もしかして起きて動いていたの?」
「それ以外考えられない。昼と夜の時間で合計で二回投票があったんだ。
昼時間の間は、俺たちは『村人』『狩人』『神父』の役職だけ。
だが夜時間の間は、全員が『人狼』になる。そして、その記憶は……引き継げない」
「じゃ、じゃあ私たちは、夜時間の間にお互いを殺し合っていたのね? そしてその後記憶の喪失が起こっていたってこと?」
「多分な。おそらくこういったやりとりがされていたはずだ」
【俺たち全員『人狼』じゃないか!】
【でもよ! どうするんだよ! 全員を殺すわけにもいかないだろ!】
【ど、ど、どうしましょう……】
【決まっているだろ……】
【俺たちは狼……互いが互いを食い合うんだ。これはゲームじゃない……殺し合いだ】
「俺たちが今いる昼時間のゲームはいわばただのおまけ! 本番は夜時間の間の殺し合いのほうだ」
「なんてこと……なら私たちの今までのやりとりはほとんど意味がなかったのね?」
「いや、そんなことない! 全部無駄じゃない! あいつらの死がなければ、ここまでこれなかった。さぁくるぞ! 夜時間だ! 何が起こるかわからない!」
「絶対に生きて帰りましょう!」
「ああ……絶対だ!」
俺は最後に床に置いてある俺のカードを確認した。『村人』と確かに書いてある。
【では五夜目の投票を終了する。諸君らには、十二時間眠ってもらう】
そして、うとうとと睡魔が襲う。絹のようなすべすべした何かに包まれて、快感だけが肌を焼く。目がゆっくりと閉じていき…………なんと一秒も経たずに、すぐに開いた。
(なんだ俺は眠っていなかったのか? そうか、昼と夜が切り替わる時一瞬気絶していたのか……ん? 体が変だ)
体が熱い。内側から燃えているみたいだ。マグマが血管の中を通り、うねる熱の束が、心を喰む。
俺は震える頭で床に落ちている俺の役職カードを見た。そこには
『人狼』と、書かれていた。
「やっぱりか……」
ついに人狼を見つけた。俺だ。俺が人狼だったんだ。
【では五夜目の夜時間だ。今から起きることは諸君らの記憶には残らない】
そうか……やっぱりそうだったんだ。俺たちは記憶を一部奪われていたんだ。
一日目昼 記憶に残る 一日目夜 記憶に残らない
二日目昼 記憶に残る 二日目夜 記憶に残らない
三日目昼 記憶に残る 三日目夜 記憶に残らない
四日目昼 記憶に残る 四日目夜 記憶に残らない
五日目昼 記憶に残る 五日目夜 記憶に残らない(今ここ!)
【この時間では諸君らに誰か一人を決めて、殺害してもらいたい】
「武器は……はぁはぁ……借りられるのか?」
【使用できる武器は、ロープ、巨大ハサミ、ノコギリ(人数分)、毒薬が一夜につき一つだけ与えられる。諸君らは全ての武器を使い切ったようだな】
(ううーー! 頭が痛い! 割れているみたいだ!)
「俺がこの質問をするのは……何度目だ?」
【五度目だ】
「ゲーム……マス……ター……質問だ。ゲームのクリア条件は?」
【互いを殺さないことだ】
「そういうことか……」
今俺の全身から、激しい怒りと興奮が吹き出ている。なんらかの薬品でも使ったのか?
心臓はバクバクと肋骨に触れるほど動き、肺は激しく拡大と縮小を繰り返している。
頭の中には、激しくそれでいて静謐な殺人欲求がある。
(狼とはこういうことか……みんなこの殺人衝動を抑えきれずに、殺し合ってしまったんだ……)
不意に俺の頭の中に、過去の記憶の断片が呼び戻ってきた。
その記憶は俺が朋子を絞殺しているシーン。手に持ったロープで彼女の首を締めている。
【はぁ……はぁ……早く……死ねっこのくそアマっ!】
【うぐぅ……うっ! ううう……ぐげっ!】
【よくも俺の名前を投票カードに書きやがってっ!】
朋子を殺したのは……俺だ。
次の記憶は、全員が手にしたノコギリでカツオを切り刻む瞬間だ。
【ぎゃああああ! やめてぇええ!】
悲痛な叫びと、ゴリゴリという解体音だけが密室に響く。
俺は回想の最中、声を振り絞り、
「ぐうううう! やめろこんなもん見せるな!」
だが次の記憶が容赦無く脳内にフラッシュバックする。貞子以外の全員が巨大なハサミを持っている。
【【【【せぇーーーーのっ!】】】】
押さえつけられたおかっぱ貞子の命乞いは、
【や、やめ! やめてくださ……ぐげっ!】
ジョギンという派手な音で遮られる。次の瞬間、彼女の首が地面に転がった。
最後の記憶。
【お、お、俺俺俺俺おれ……んぐー頭が痛い! 俺は、お前を信じている……桜! お前お前なら、ぜ絶対に、勝てる! 諦めるな……よ】
そして、ヤンキー正義はなんと自ら毒を飲み自害した。
俺は朦朧とする頭をはっきりさせる。
「はぁ……はぁ……これで全部だな……これでゲームの全貌はわかった……そして、俺の予想は正しかった! 俺とアリアドネは手と脚を縛っている。これで投票も殺人も何もできない!」
俺は頭痛を押し込み、勝利の高揚感とともに、
「残念だったなゲームマスター! お前はツメが甘かったんだよ! 夜時間の俺はなんとかして、もう一人に自分の存在を伝えようとしていたんだ!(レシートの文字など) これでこの馬鹿げたゲームは終わりだ! 俺たちの勝……」
その瞬間、首筋にふっと冷たいものが当たった。
「なんだ……? 誰だ? どうして?」
誰かが俺の顎と後頭部を掴んだのだ。
そして、ゴギャッという鈍い音と共に…………俺は死んだ。
背後から首を折られた。殺されたのだ。最後に残った人狼によって。
あの女だ。謎の女子高生アリアドネ。
それ以外考えられない。
あいつが犯人だったんだ。あいつが裏切り者だったんだ。あいつがゲームマスターだったんだ。
でもどうやって? 人狼だったのか? 確かに彼女の役職は『神父』だったはず。いや、もうそんなことどうだっていい。
俺は負けた。
死んだら天国に行くのかな? 母さんに会えるかな? 最後まで負け続けたつまらない人生だったな。まどろむような夢の国。意識と無意識の境に立たされる。
俺は夢を見るのが好きだ。現実と向き合わなくて済むから。
だけど、まだ現実と向き合わないといけないらしい。現実と戦い続けるのが、生きていくということなのだから。
俺はすぐに目が覚めた。
どうやら床に寝かされているみたいだ。天井が霞む視界の中に見える。そして、視界の中心には、誰かの顔がある。
「目、覚めた?」
彼女だ。女子高生アリアドネが俺の顔を覗き込んでいた。
「うわあああああっ! やめろ! 近寄るな!」
俺は悲鳴をあげて、彼女を突き飛ばした。
「きゃっ! ちょっと何すんのよ! せっかく助けてあげたのに……」
「え?」
俺は周囲を見渡した。
そこにはゲームで死んだ全員が生き返っていた。
服毒自殺した警察官、ヤンキー正義が、
「よう! 勝ったみたいだな!」
貞子は、おかっぱから可愛らしい大きな瞳を覗かせている。
「うまくいったみたいですね……!」
全員に切り刻まれて死んだメガネのカツオは、
「よかった! よかった、本当によかった!」
嬉しそうに目尻を透明なダイアモンドで濡らした。
俺に首を絞められて殺された赤髪の朋子だけはバツが悪そうに黙って俯いていた。
「…………」
俺は、
「勝ったのか?」
アリアドネは、
「ええ」
「でもどうやって? 俺は最後に殺されたろ?」
「うん……どうやら夜時間の私が腕の関節を外して、拘束を解いてしまったみたい」
「その後どうなったんだ?」
「普通に六夜目が始まったわ」
「六夜目……そうか。そこで最後の一人になった君が殺人衝動で自分に投票して終わりになるっていう筋書きか……?」
「その予定だったんでしょうね。でも……ほら」
彼女はビリビリに破れた制服の袖を見せてきた。
「まさか?」
「うん……右腕をノコギリで切り落としたの……」
「それで投票は止まったのか?」
「ええ……私たちの勝ちよ」
『諸君。このアナウンスが流れているということは、私は負けたということだ。ウィナーテイクオールルールに乗っ取り、ゲーム中に死んだ人間は全員生き返らせた』
ヤンキー正義は、拡声器に向かって、
「うっせえええええ! このボケっ! てめー絶対逮捕してやるからな!」
俺は彼を掴むと、どうどうとなだめる。
「おい! 怒鳴っても仕方がないだろ……録音音声だぞ?」
「チッ! クソが……!」
(こいつよく警察官になれたな……)
『第一のゲームクリアおめでとう』
その瞬間、部屋の中は不穏な静寂に飲み込まれた。
アリアドネは、口から吐瀉物を吐くように、
「今、第一の……って言った?」
『その通りだ。アリアドネ。ゲームはまだ続く』
正義は、唇を震わせながら、
「おい……これ本当に録音か? 録音にしちゃあ、まるで誰かと喋っているような」
『これは本当に、誓って録音だよ。八城正義くん』
「なんで録音音声との会話がこんなに噛み合うんだよっ……!」
「正義! ほっとけ! それよりゲームマスター。俺たちは解放されるんじゃないのか?」
『もちろん解放されるとも……外を見た方が早いな』
すると、聞いたこともないようなゴチャンという派手な機械音がした。
正面のコンクリートの壁が横にスライドし、部屋が開いた。
「やっとかよ……」「早く! 外に行ってみましょう……!」「おい! 待てみんな!」
俺たちは足早に、何かに取り憑かれたように外へと飛び出していった。
ゲームを始める前と後では何か変わった気がしない。
だけど確かに変わっていた。
昔どこかで落としてしまったものを取り戻した。
俺たちは、擦り切れた心で、擦り切れた体を引きずって生きる。
「もう少しで報われる」
「これが終わったら幸せになれる」
そう何度自分に言い聞かせたかわからない。
俺たちはみんな、自分を騙し騙し生きてた。
俺は今日という日を境に、騙すのをやめることにした。
もう自分に嘘をつく必要はないんだ。
自信とは、自分を信じる力のことだ。
他の誰かが信じてくれないのなら、自分で信じればいい。
赤ちゃんの作り方講座(赤ちゃんはどこからくるの?) 大和田大和 @owadayamato
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